餓狼伝 Vol.204



藤巻が自ら左手を折ったッッッ。
見事なマゾっぷりだ。さすが、ツンデレである。
北辰館トーナメントのルールに従えば、戦う前にして一本負けだ。
第2回戦の畑幸吉VS遠野春行なんかは、遠野春行は腕を折られても戦意を失っていなかったが一本負けになっている。
でも、それだったら姫川も肩を外された時点で一本負けだよな。
松尾象山がありと判定したからありなのか?


「キサマの左肩……」
「俺の左腕…… ともに使えぬ」
「ともにハンデなしだッッ」
「文句ねェなッッ」


冷や汗だらだらでなんか藤巻の方が文句を言いたそうだ
べ、別に文句なんかないんだからね!
痛くても平気なんだからね!
これがツンデレに殉じる漢の宿命か…

藤巻の自爆折りに観客だけではなく、格闘家も驚く。
師匠の泉宗一郎は「バッカ…」と若者言葉で驚いている
そりゃあ、馬鹿と突っ込みたいよな。
経緯はともかく藤巻に満天下のもとで北辰館トーナメント事実上の優勝者を倒してもらえば竹宮流=最強の称号を得られるのだ。
泉宗一郎にちょっとの名誉欲でもあれば突っ込みたくなる。
まぁ、真面目に考えれば(ぉぃ)弟子を心配しての言葉か。

対して松尾象山は冷や汗を流していない。驚いてもいないようだ。
さすが、松尾象山だ。
並大抵のことでは動じないらしい。
そして、丹波は当然のごとく冷や汗を流して驚いている。
ついでに台詞なしだ。おまけで今週の出番はこれで終わりだ。

「どうやら2人は敗けられないッッッ」

両者の因縁の深さを語られずとも実況は感じ取る。
未来を捨ててまで姫川に勝負を挑んだ藤巻だ。
負けるわけにはいかない。
ここで負けたら文字通り骨折り損のくたびれもうけだ。
対して姫川は――負けられないのかなぁ…?

藤巻と姫川の両者は中央へと進む。
審判もいる。ちゃんと試合の形式で行われるようだ。
って、審判があのチョビヒゲのおっさんじゃない?
見知らぬハゲが審判を務めている。
ど、どこへ行ったんだ、チョビヒゲのおっさん!
決勝戦開始前に姫川と長田を称えるなど、かっこいい部分を見せたのに!
もしかして、スペシャルマッチについて松尾象山に異議を唱えたりして物理的に消されたか?
チョビヒゲのおっさんの安否やいかに。
多分、二度と出てこないだろうが。
可能性があるとしたら、遅ェぞチャンプッッッと廊下に出てくるくらいか…

(藤巻よ… 理由は問うまい)
(キサマも答えまい しかし―――)
(嬉しい……)
(キサマがここで 試合ができることを喜べる)
(きっと夢がかなったんだな……)


藤巻の夫、長田は遠巻きながら試合場を見つめている。
藤巻のツンもデレも知り尽くす最大の理解者として、藤巻の境遇を嬉しんでいた。
日の当たる舞台で自分の実力を発揮するのは格闘技者にとって最大に近い幸福だろう。
まして藤巻は逃亡生活でそういった試合が出来なかった。
自分の実力を試したくとも、闇討ちような形でしか勝負できなかった。
そんな藤巻がやっとまともに勝負できる場所を得たのだ。
藤巻とのトレーニングをしてきた長田にとって、その喜びたるや手に取るようにわかるのだろう。
きっと、長田とのトレーニングも異常に熱がこもっていたに違いない
だから、練習後に恋人のように濃厚なマッサージなんかもしちゃうんですよ。

ついでに梶原は丹波に負けないと言わんばかりにモブと化している。
口元に微笑を浮かべる長田に負けじと、梶原も微笑を浮かべる。
なんで笑ってるのさ、お前。

試合場に登った藤巻はこみあげる愉悦(わら)いを抑えられないでいた
冷や汗がなかったら勇次郎みたいなのに…
なんか冷や汗が台無しにしている気がする。
長田は藤巻の胴着を脱がせて汗を拭いてやればいいのに。

(朋友 長田を倒したこと 伴侶と決めた冴子を奪ったこと)
(闘う理由はどれでも十分だッ どれでも力に変えられるッ しかしッ)
(理由などなくていいッッ)
(相手が姫川 勉ッ それで十分だッッ)


伴侶と決めた長田の間違いじゃないか?
素でそう突っ込んでしまった。
いいのか、俺。

北辰館随一の猛者、姫川勉と真っ向勝負をできる。さらに私怨もありだ。
藤巻の闘志は燃え上がる。
今まで溜めに溜めたツンデレを爆発させる時だ。
でも、相手の目の前で粋がっている姿はピクル相手にアゴ6連打を食らわせた烈とかぶるなぁ。
前回も書いたけどツンデレ同士のシンクロニシティで藤巻もひどい目にあったりしないだろうな…

チョビヒゲに代わって突如現れたハゲの審判が試合開始の合図を告げる。
ハゲの審判は腰を落として不測の事態に備える姿が見られる。
隙が全くない。
隙だらけのチョビヒゲとは大きな違いだ。

試合開始と同時に姫川は藤巻へと一直線に歩く。
構えていない。
ただ歩いているだけだ。
ここから藤巻がハイキックでも食らって一発KOなんかしたらイブニングを川に投げる。

(その自然な歩みの内――― 有るか無しかの微かな不自然)
(キサマは狙っている)
(折れた左腕ッッッ)


ここで油断してハイキックでも食らうようなら1回戦負け程度のレベルだ。
そう言わんばかりに藤巻は姫川の手の内を読み切る。
左腕を狙うあたり、さすがにえげつない。
松尾象山の傍らにいるだけある。
多分、傍らにいるだけで容赦のない人間になれるだろう。

ところでさりげなく藤巻の左腕にテーピングがされている。
誰がやったのだろうか。
やっぱり長田か?空気を読まずに梶原か?
一番空気を読まないのは丹波が治すことだな。

ガキィッ
ズシャアァ


姫川の蹴りと同時に藤巻も蹴りッッッ。
二つの蹴りが交差する。
共にムエタイなら一発KOクラスの威力だろう。
ムエタイ換算は良くないので止めようと思った。

藤巻の狙い通り、姫川の蹴りは折れた左腕を狙っていた。
が、それを右腕で見事にガードする。
同時に放たれた藤巻の蹴りは姫川の左肩を狙っていた。
両者共に弱点を狙ったえげつない攻撃だ。
互いに容赦なしだ。

藤巻の蹴りの跡が姫川の胴着に刻まれる。
左肩を狙ったのは良かったが、若干逸れたようだ。
むしろ、姫川が逸らしたのかもしれない。
両者共に攻防一体の高度な技術を見せた。

藤巻の鋭い蹴りと的確な読みと防御に、姫川は今大会初めての冷や汗を流す
数多の屍となった噛ませ犬たちと藤巻は違うのだ。
丹波の腕を折りかけるほどの実力の持ち主なのだッッッ。
…なんか褒めていない気がした。
次回へ続く。


秘められた実力の一端を披露した藤巻であった。
スタートダッシュには成功している。
冷や汗のおかげでロケットスタートには失敗したけど。
それだけに今後が不安だ。
背骨折られないよな…右脚食われないよな…

とりあえず、藤巻の勝利の鍵は長田の声援だろう。
長田は藤巻と違って追われの身でないので応援し放題だ
今こそ長田、告白の時だッッッ。

あとチョビヒゲの審判は本気でどこに行ったのだろう。
もしかして、チョビヒゲ外伝なんかが知らぬ間に掲載されたのだろうか。
試合を左右するダークホースはチョビヒゲなのかもしれない。
ないない。それはない。


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