範馬刃牙 第253話 越えられぬ父



刃牙が圧倒的な戦力差を見せつけられている。
本来ならピクルとの戦いもこうあるべきだった。
数年の時を経て、あの時の利子がのしかかっているのだろうか。
そのピクルも正面からの対決になれば瞬殺されていたし、刃牙が勇次郎に挑むのは時期尚早だったのかもしれない。
……まぁ、例え時期尚早でもやらないとずっとやらなそうだが。


勇次郎の拳骨を受け、刃牙は朦朧とした意識で揺蕩う。
つくづくこうした表情が似合う男だ。
でも、こういう時の刃牙は油断ならない。
けど、今なら大丈夫か……

そんな刃牙に対し、勇次郎は身体を捻り全力で蹴りを放つ。
だが、蹴る部位は脇の下だ!
悉く急所を外している。実戦で自然に狙うような部位ではない。
ここで本部がいたら脇の下を蹴られることの意味を解説してくれたであろう。
解説役の不在は致命的だ。

脇の下を蹴ることができるということは、当然股間を蹴ることもできたということにも繋がる。
それをあえてしないのは仕置きだからだろうか。
もう刃牙は数回は睾丸を失っていたに違いない。

もっとも、勇次郎が脇の下を蹴れば、普通の人間なら肩がちぎれ飛びそうだ。
これが急所を狙っていないだけで済むのが刃牙のタフネスを物語っている。
刃牙はタフネスだけなら超一流だ。
胡散臭すぎるくらいに。

[刹那脳裏をよぎる]
[己の無力感……………]
[大き過ぎる 父 勇次郎との差………………]


4年ぶりに受けた勇次郎の打撃……
刃牙のイメージに浮かぶのは赤子になった自分だ。
勇次郎との力の差は父と赤子に等しいということだろうか。
でも、4年ぶりって、勇次郎に一発で気絶させられてきた数々の歴史は無視らしい。
アンタ、もっとボコボコにされてますがな。

でも、この赤子になるイメージが勝機に繋がったりして。
リアルシャドーで赤ん坊になれば鬼とはいえ躊躇いが生まれるかもしれない。
あ……生後まもなくコンクリートに叩きつけたみたいだから、赤ん坊になる程度じゃ何の意味もないか……
烈や本部がいたら「刃牙がまるで赤ん坊のようにッッ」「何という天性ッッ」と驚いてくれたかもしれないが。

吹き飛んだ刃牙はエスカレーターに背中から衝突する。
これは痛い。事実、刃牙は痛そうに顔を歪める。
ただ手加減するだけでは済まさないのが勇次郎だった。
さすが、破壊の達人にして破壊の芸術家。芸が細かい。

刃牙は立ち上がることもできないまま、エスカレーターで2階に辿り着く。
擦れて痛そうだ。
これも勇次郎の狙いなのか?
ガイア以上の環境利用闘法の使い手かもしれない。

勇次郎は助走なし、二足でエスカレーターを登り、刃牙のいる2階へと辿り着く。
常人離れしている脚力だが、ドイルは二足どころか一足で2階に辿り着いた。
勇次郎もその気になれば同じこともできるだろう。
そこを敢えて二足で、階段を使ったのは紳士性故にだろうか。

[総理(かれ)の眼からはこの親子はもはや生物の域ではなかった]

飛び降りて無傷、打撃で人が何度も吹き飛ぶ、機動隊が逃げ惑うほどの威圧力……
格闘漫画でさえなかなか見られない光景を連続で目の当たりにして、生物の域ではなかったと思い始めた。
それはその通りだが勇次郎が落雷に浴びる姿が全国放送されたのをお忘れか?
それを知った上で範馬一族を地球人の常識に当てはめていたのか?
機動隊なんかじゃ止められない。ムエタイ軍団を連れてこい!
範馬親子でムエタイ狩りに夢中になって、これ以上の被害は避けられるかもしれないぞ。
貴重なムエタイは絶滅するけど。

ここに来てついにやっと総理は抱えていた異常事態を察する。
勇次郎の脅威性を把握していたようで、まったく把握できていなかった。
そして、ついに第一空挺団の出場だ!
……今更、お前らが来て何ができるんだ?
ガイアがいてもどうしようもないぞ?

刃牙が何度も吹き飛んでいる以上、無関係な人がとばっちりを受けてもおかしくはない。
避難のために第1空挺団の力が必要なのかもしれない。
でも、今夜の勇次郎は紳士だ。被害が出ないようにちゃんと刃牙をコントロールしているかも。

「頭脳はたとえボンクラでも」
「身体の反省ははやい……」


刃牙を見下ろして勇次郎は呟く。
やられっぱなしの刃牙だが、そのタフネスは勇次郎も認めるところなのだろうか。
何だか嬉しそうだし、刃牙の評価がうなぎ登り中なのかもしれない。
刃牙は勇次郎の攻撃をここまで受け止められただけでも評価に値する。
急所を狙わないとはいえ、好きに攻撃できて勇次郎も満足か?
刃牙は壊れない上にリアクションを返してくれる最高のサンドバッグだ
……サンドバッグ?

「かつては… 女 子供の技術(わざ)と貶めたものだが………」
「制裁(こういう)時には」
「都合がいい」


勇次郎はぽつぽつと語り出す。
それだけで刃牙は戦慄し、立ち上がり身構える。
刃牙は勇次郎がこれから何をしようとしているのか、察していた。

「殺傷力は低く……」
「苦痛は絶大…」
「鞭打……」


柳の必殺技、鞭打を勇次郎が用いようとしている!
近年では刃牙がピクルに用いた技だ。(第165話
女子供の技と勇次郎が揶揄したものだが、使い所を間違えなければ史上最強にも通用することが証明されている。
苦痛だけを与える特性上、いろいろな用途があるのも魅力だろうか。

鞭打はバキ世界ではあまりない複数回に渡って使用されている技だ。
必殺技と名高い剛体術やマッハ突きだって再使用されるのに10年以上の時を経た。
バキ世界最強必殺技の鬼哭拳だって、独歩に使って郭海皇に再び用いるまで長い時を経ている。
それと比べると鞭打はそれなりの期間で用いられている。
それだけで存在感がどれほどのものかわかる。

女子供の技術……それだけを聞いて、刃牙が身構えた理由もわかるというものだ。
この言葉は刃牙が勇次郎から鞭打を教わった時に聞いている。
そして、柳との戦いでは勇次郎の言葉を引用していた。
鞭打は刃牙が勇次郎から学んだ数少ない技術のひとつである。
刃牙の心に強く刻まれていてもおかしくはない。むしろ、必然と言うべきだろうか。
勇次郎の何気ない一言だけで、勇次郎の次の行動を察することができたのだろう。

早速、勇次郎は脱力する。
消力を使いこなす男だ。鞭打なんて朝飯前に違いない。
できない技術があるとすれば、刃牙並みのムカつく顔かな。

(どんなだ!!?)
(範馬勇次郎の鞭打…ッッ)
(どんなだ!!!)


お前は期待してんじゃねーよ!
いやいや、刃牙さん。アンタ、鞭打が痛い技って知ってるじゃん。
柳に使われた時点で皮膚は破けて大惨事だった。
それを知った上で勇次郎の鞭打に期待するなんてとんでもないマゾだ。
きっと、水銀の鞭どころではないぞ。

刃牙は懲りずに殴りかかろうとしていた。
秘拳鞭打に対してノープランにしてノー対策。
どれだけこの人は鞭打を受けてみたいのだろうか。
とんでもないマゾ豚だよ!

その刹那、勇次郎の鞭打が背中に決まった。
腕の軌跡が見えない超高速の一撃だった。
刃牙の動きが止まる。やっぱり、ノープランだった。
この人はこれでいいのだろうか……

その時、刃牙の頭によぎるのは激痛までの猶予時間だ。
鞭打を引き出してきたと思ったら、今度は苦痛への猶予が引き出された。(第174話
懐かしエピソードや懐かし技が出ているな。
刃牙と勇次郎の戦いには今までの戦いの総集編的な意味合いもあるのだろうか。

[刃牙がここに受けた衝撃…………]
[前例なきもの……]
[父への反撃に費やされるハズの数瞬の全てを]
[覚悟へ費やすしかなかった]


鞭打を受けた刃牙の体勢は崩れてはいなかった。
刃牙の体勢を崩すほどの力がかかっていなかったのだろう。
だが、鞭打を受けた刃牙の背中には勇次郎の手の平がシャツごしに刻まれていた。
モミジなんてレベルじゃない。手の平の形がそのまま浮かんでいる。

柳の時と違って皮膚が破れていなければ、Tシャツも無事だ。
インパクトの瞬間、まったく手の平がぶれずに衝撃を完全に伝えることが成功したから、余計な損傷がないのかもしれない。
インパクトしたまま、手を擦るような下品な真似を勇次郎はしないのだ。
ただただ、苦痛だけを与えるために技巧を凝らしたのかもしれない。
細かいところにも技術を使う勇次郎であった。

「い゛だあ〜〜〜〜〜〜〜」

[本痛の高は………]
[予測を遥か裏切り…]
[もはや闘うどころではなく…]
[どころではなく…]
[どころではなく…]


刃牙が絶叫をあげて倒れ伏せた。
勇次郎の鞭打は効果覿面だった。
柳やピクルよりも圧倒的な激痛リアクションである。
勇次郎の鞭打は柳や刃牙とは比べものにならないらしい。
柳……時が経つにつれ、どんどんと立ち位置が危うく……

未だに勇次郎の仕置きペースを刃牙は崩せていない。
それどころか、今回を見るに積極的に仕置きされている。
闘争の領域に踏み込むのは先の話だな……
次回へ続く。


お仕置きの王道と言えば平手!
そんなわけで鞭打が刃牙に決まった。
刃牙も鞭打でお返ししてみるか?
勇次郎にはあまり通用しそうにないけど……

鞭打は具体的な攻略法が提示されていない。
女子供の技術とはいえ、それなりに厄介な技である。
今のところ、鞭打に対する対策は頑張って堪えるくらいだ。
今回の刃牙は全然頑張れませんでした。

このままでは刃牙は延々とお仕置きされるだけで終わりそうだ。
エンドルフィンくらいは出してもいいかもしれない。
これほどの苦痛を負ったのなら、脳内麻薬がどぱどぱと垂れ流されているかも。
次回、アヘ顔になった刃牙が見られる!
見たくない。

今のところ、刃牙には逆転策が残されている。
勇次郎に対抗するために師匠から学んだゴキブリダッシュだ。
今のところ、身体をぶつけるような原始的な使い道しか提示されていないが、
勇次郎と戦うのなら格闘技としてのアレンジが加えられることだろう。
まさかゴキブリを模倣するとは……そう勇次郎が驚愕するかもしれない。
いや、そんな驚き方は嫌だが。

でも、ゴキブリダッシュは切り札だから、早々に出すとその後に続かない。
というか、勇次郎との決戦に向けてひとつしか必殺技を用意していないなんて……
こいつは幼年期の失敗を忘れたのだろうか。
あの時はカウンター浴びせ蹴りに磨きをかけたのはいいのだが、破られてしまいそのまま負けた。
このままでは同じ轍を踏むことにも……

刃牙が勇次郎より上回っている部分はないと言っても過言ではない。
勇次郎は全ての格闘家の上位の存在だ。
技でも力でも、どれか一部分が劣ることさえ稀だ。
ピクルが力で押し切ったこと自体が奇跡のようなものである。
それも勇次郎が鬼の貌を出していないことから、ただの偶然なのかもしれない。

勇次郎よりもほんの僅かだけ強くなる。
それが刃牙の目標だった。
だが、今の刃牙は朱沢江珠の件もあるし、いろいろと心変わりしていそうだ。
特に最近は勇次郎に勝つことよりも、勇次郎との親子喧嘩を望んでいた。
案外このお仕置きも喜んでいたりして。

そうなると別に勇次郎に勝つ必要はない。
このまま鞭打を食らって悶えることもまた本望なのだ。
親父! もっとやってくれ! ダヴァイ! なんて言い出していたりして。
思わず脱ぎ出してパンツを破いたところで、第1空挺団が駆けつけて刃牙は捕まる。
地上最強の決着とか煽りを打っておけば意外と騙せるだろう。多分。



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