第262話 雄弁


アライ父の掌底でJr.がはるか後方へ吹き飛ぶッ!!
老いて中年太りした姿からは想像できない強烈な一撃だ。
これが範馬父と範馬Jr.の関係だったら、もう勝負ありだろう。
郭父と郭Jr.の場合は金玉をひたすら打ちこんで、その間実に2秒で勝負ありだ。

「………ッッ」

一流シェフが作る極上のスープは――
ほんの一口啜っただけで
大釜いっぱいに満載された材料をイメージしてしまうほど雄弁だという


なんだか料理漫画のような解説だが、決してJr.が美味いスープを飲んで驚いているわけではない
アライ父の掌底に驚いているのだ。
掌底だけど、スープなのは気にしない。
それにしても、この解説は美味しんぼでも見たことがない新しい表現だ。
いや、筆者が無知なだけなのかもしれませんが。

雄弁な――
それはなんと雄弁な一撃だったろう
老いぼれたハズの父親の
この5年余りがどれほど過酷なものだったのか――


アライ父がガウンを脱いだ。
その下は白のトランクス一丁だ。
あぶねェッ!全裸じゃねェッ!!
しかし、板垣作品はズボンの下はフンドシということが多々あるのでまだ油断はできない。
きっと、トランクスの下はフンドシだ。
危なくなったらフンドシになるはずだ。
Jr.も「フ・ン・ド・シ…見事ナ…」となぜかカタコトで驚くに違いない。

アライ父はグラップラー世界では珍しく、皮下脂肪がどっぷりと乗った肉体だった。
単純に言えば中年太りだ。
どうみても素早い動きはできそうにない。
これはアライ流としては致命的か?

流した汗がどれほどの量だったのかを物語り
なお更に補って余りある一撃


Jr.はガクガク震えながら立ち上がる。
Jr.のタフネスは意外に高い。
それは何度打たれても立ち上がったジャック戦で証明済みだ。
渋川戦独歩戦では、さっくりとやられているのは忘れよう。

「スゴい」
「スゴいなお父さん…」


とにかく、Jr.はアライ父の打撃力に驚愕(おどろ)いていた。
同じアライ流の使い手として、父の打撃力は驚くに値するものなのだろう。
1ページ目では帽子が芸術的に回転していたし、実はただの掌底ではなかったのかもしれない。

それにしてもなんでお父さんと読んでいるんだ?
前回は「父さん」だったはずだ。
承太郎がジョセフのことを最初は「おじいちゃん」と呼んでいたくらいに違和感がある。

「今のパンチでよくワカったよ」

不利な状態の中、Jr.は微笑む。
老いてもこれほどのパンチを打てる。これでこそ、我が父親ッ、そこにしびれる、憧れるゥッ!!
――とでも、思ったのだろうか。
そんな息子の心を察したのか、アライ父もさわやかスマイルを返す。
ちょっと前まで、ものすごくイヤな笑顔をしていた人とは思えないほどのさわやかスマイルだ。
アライ父、やはり侮れない。

「まだ完全ではないがな」
「15Rラウンドを戦うには程遠い」


アライ父は頼りなさげな力こぶを見せる。
…えと…なんだか力なさそう
言う通りに完全ではないだろう。

次に腹筋についている脂肪をむにゅっとつねる。
もちもちした感触が味わえそうな見事な脂肪だ。
しかし、ボクサーにこの脂肪は頼りない。
言う通りに15R戦うには程遠いだろう。

アライ父は完全ではないようだ。
明らかに衰えを感じ取れる体型だ。
だが、どれも自称なのだ。
どこかペテンの香りがする。
実はこれが完全無欠のベストなのかもしれない。

「お前を教育するならこれで十分だ」

今のJr.はベストじゃなくても圧倒できるようだ。
うん、実に圧倒できそうだ。
さっきから冷や汗ばかり流しているし。

また、この発言は「海王を教育するならこれで十分だ」という意味でもある。
除海王や範海王くらいなら、楽に倒せそうだ。
海王も堕ちたものだ…

「ファイッ」

そして、戦闘再開ッ!
アライ父は踏み込みから左ジャブを数発放つ。
Jr.はそれをガードしながらかわすッ!
…ガードしながらですか…
ノーガードで攻撃をかわすことを旨とするアライ流にしては、ずいぶん消極的な行動だ。
今のJr.は非常に弱気だ。
勇次郎相手にも屈しなかったハートの強さはどこへ行ったのだろうか。
やはり、神様人形を梢江に奪われたのは痛いらしい。

ブッ

アライ父は左の牽制から、本命の右を狙うッ!
基本的ながらも対処しにくいボクサーの教科書的な連携だ。
しかし、腐ってもJr.はJr.だ。
アライ父の右をかわし、こちらも右でカウンターを狙うッ!

ベチィッ

だが、そのカウンターをかわされて、左掌底をテンプルに受ける
拳ではなく、掌底によるカウンターだ。
状況に応じて拳の使い方を変えるアライ流らしいカウンターであった。

この攻撃はイブニングで連載中の板垣漫画『餓狼伝』で、北辰会館の工藤が同じく北辰会館の君川に放った掌底に酷似している。
工藤の掌底は脳震盪を狙ったものだった。
アライ父も脳震盪を狙ってこの左掌底を使ったのだろうか?

バカッ

掌底で怯んだJr.にアライ父はさらに掌底で追い打ちした。
さっきから、掌底掌底掌底の掌底オンパレードだ。
もう3回も掌底を打っている。
掌底がアライ流の真髄なのか?
あッ…そっかァ〜〜…アライ流って…掌底をする格闘技だったんだ…

Jr.は壁までふっ飛ぶ。
かなりのダメージを受けたのか、足元がおぼつかない。
それでも震えながらも立ち上がる。
心はまだ折れていないようだ。
今すぐにでも折れてしまいそうなのが、不安だが。

立ち上がったJr.にアライ父は素早く近づく。
そして、左ジャブッ!
Jr.はかわして左ブローッ!
だが、アライ父はスウェーでかわすッ!
Jr.は続けざまに右アッパーを出すが、そこにまたも掌底のカウンターだ。
高度な拳の打ち合いが行われ、そして、それを制したのはアライ父だった。

それにしてもまた掌底だ。
掌底はボクサーの武器であり弱点でもある拳を傷つけない攻撃だ。
アライ父は弱点を守りつつも、ベストな攻撃をしている。

Jr.は掌底によって壁までふっ飛ぶ。
そこにアライ父が今まで温存していた右ストレートがクリーンヒットする。
今度は掌底ではない。握り固めたボックスだ。
Jr.は今度は立ち上がれずにダウンする。

(速いハズ……ッッ)
(強いハズ……ッッ)
(全てにおいて僕が上回るハズッッ)


Jr.はさっきからずっとそうであったが、驚愕するばかりだ。
それだけ、アライ父の実力は計り知れないものなのだろう。
本気の父は、大きく、強い。

「若すぎる…」「遅すぎる…」
「そしてなんと弱い…」


立ち上がることのできないJr.にアライ父は残酷な言葉を投げかけた。
たしかに今のJr.はベストではないといえ、達人や武神を軽々と屠っていた時とは比べ物にならないほどに弱くなっている。
なぜ、Jr.はこんなに堕ちてしまったのだろうか?
実は母親がロシア人だったというオチのか?
それだけは不味い。板垣世界におけるロシア人はかませ犬なのだ。
最初は強そうだが、後々弱体化してしまうのがロシア人の特徴でもある。
そして、今のJr.はそんな状況に置かれている。
Jr.、相も変わらずイロイロな意味でピンチだ。

Jr.はこのまま沈んでしまうのだろうか?
今のJr.は立ち上がって苦しむよりも、寝たまま楽になることを選びそうで怖い。
刃牙も勇次郎に挑んで敗北するよりも、やる気なく日々を過ごすことを選んでいるし。
偉大な父親を持つ者同士の意外な共通点だ。
あっても困る共通点なのだが。
いったい、Jr.はどうやって息を吹き返すのだろうか?
(2週間後の)次号へ続くッッ。


アライ父は拳にこだわらない攻めを見せた。
アライ流は攻撃を手を使ったものに絞り込んだ格闘技だ。
決してボクシングのように、握った拳のみで戦う格闘技ではない。
そういう意味でアライ父の攻撃はアライ流の真髄といえるものだろう。
これを学んでJr.も掌底を覚えるのだろうか?
覚えても範馬との距離は縮まりそうになりけど。

Jr.は短期決着が非常に多い。
勝つにしても負けるにしても、短期決着になっている。
とすると、このまま、Jr.は沈んでしまいそうで怖い。
父からアライ流の真髄を学べるのだろうか?
そして、刃牙と戦えるのだろうか?
だが、刃牙と戦うだけなら、シコルスキーと柳に学んだ方がいいだろう。
この二人はヘタレているが、刃牙と数度戦っている。
その点は偉業だ。
どちらもヒドイ目に遭いましたが。

それにしても、今回も刃牙が出てきていない。
もう、ずっと、出てきていない。
本当に主人公なのだろうか?
この調子だと次号も出てきそうにないから困る。
かといって、次号、いきなり鳳凰の間に現れて、刃牙VSアライ父が勃発したら俺は怒る
それとも、アライ親子が共同で刃牙を倒すのか?
それなら大歓迎だ。
だが、範馬の血に圧倒されると泣く。

何にせよ範馬の動向はまったくわからない。
最近、勇次郎がどうしているかわからないし。
刃牙の決意を知っているのかどうかすら怪しい。
あとジャックはどこへ行ったのだろうか?
あの人も神出鬼没だ。
Jr.をボコるためだけに出てきたのかと考えると、何か悲しい。


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