餓狼伝 Vol.209
この風はいいな まるで春のように――
藤巻と姫川の勝負も終着点まであと一歩まで進み、相変わらずアオリがおかしい。
そのうち丹波がジャマ!とかアオリを打たれそうだ。
「ありがとう藤巻十三…… わたしの内(なか)に残る僅か一打……」
藤巻は姫川の背丈ほどまで飛び上がり、アゴを狙いすました跳び蹴りを放つ。
この勝負を決めるに十分すぎる一撃に対して姫川は両手を下げたまま、ノーガードである。
ええい、根限りはどうした。
ノーガードからのカウンターが姫川の勝ちパターンであり、今回もモロにそれだ。
姫川のカウンターが炸裂するのか。それとも藤巻の足刀が先なのか。
「君の手で追い詰められ 君の手で削ぎ落とされ
君の手でやり込められた
そして残された僅か一打」
姫川が足刀をかわした!
的確に狙いすまされた足刀を、僅かに前に出るという最小限のアクションで回避した。
神業のような体捌きだった。
そして、姫川の右腕が動く。
「君の放つ極上の一打によって わたしの残弾は……」
姫川の掌底が藤巻の顔面にクリーンヒットした。
窮地に追い詰められた姫川が、一気に逆転した。
板垣漫画では掌底を当てたら地面に叩きつけるのがある種お約束だ。
藤巻もお約束を受けてしまうのか?
「救われた…… 実を結んだのだ」
藤巻はお約束通りに地面へと叩きつけられた。
頭部を地面に叩きつけるという点では地被と同様だ。
だが、今度はカウンターの形で放たれている。
地被以上のダメージが藤巻を襲っていることだろう。
「もはや残心を取る力もなく……」
姫川の決死のカウンターの前に藤巻は声ひとつあげることも出来ず気を失う。
決着だった。
だが、姫川の表情には余裕がなく、さらには冷や汗で包まれている。
予定調和のように決まったカウンターであったが、姫川としてはギリギリに追い詰められて出した窮余の一策だったのだろう。
その証拠に残心を取ることも出来ず、姫川は地面に手をつける。
体力も精神力も限界まで達した証拠であった。
ついに訪れた決着であったが歓声はなく、観客たちはただただ静かに見守る。
その静寂の中、チョビヒゲ審判の代わりに決戦場に立ったハゲ審判は拍手をする。
「一本ッ」
拍手の後に判定が下された。
普通なら一本が先だろう。だが、それよりもまず拍手を行った。
審判としての役割よりも格闘家としての敬意が先行するほどの勝負だった。
判定が下されると同時に会場は沸き上がる。
藤巻を逮捕するために来ていたエリート警察も拍手をしてしまうほどだった。
雑誌休刊を挟みながら5年半続いた北辰館トーナメントの真決勝だけあった。
ムエタイなんかとは歓声のレベルが違った。
こうしてトーナメントは終えた。
だが、優勝者には松尾象山との試合がある。
…姫川の舌は切れてますよ。試合にならねえ。
「やっぱり……」
「やらなきゃダメ……?」
さすがに優勝者の疲労が半端でないだけあり、この状態で戦うことには松尾象山も乗り気じゃないようだ。
うん、松尾象山も人の子だ。
「眼が笑ってますよ」
ゲー!殺る気満々じゃねえか!
相手が満身創痍でも躊躇するような人じゃないよな。
うん。松尾象山は人の子じゃない。
姫川は一難去ってまた一難の中、次回へ続く。
前回の回想効果は非常に高く、その勢いで姫川が勝利した。
東郷が噛まれたのは無駄ではなかった。
でも、逮捕を引き替えに頑張った藤巻がちょっと可哀想だ。
いや、警察を何人かぶちのめしたから、刑期が延びてるかもしれないけど。
しかし、藤巻を倒すのに精一杯だった姫川は次の松尾象山をどうするのだろうか?
万全の状態でも危ういというのに、今戦えば間違いなくただでは済まない。
待ち受けるのは2度目の敗北だろうか。
あるいはここで姫川代理の出場だ。
代理出場者の名前は――丹波文七!
あー。ないない。絶対ない。
梶原が名前を挙げるのと同じくらいの確率でない。
強さはともかく立場的には梶原と同等になっている丹波だ。
これでも主人公なんです…
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