範馬刃牙 第132話 勝利の咆哮



死力を尽くした果てにピクルは眠っていた。
ファイナルマッハ突きを持ってしても決定打を与えられなかった。
克巳、大ピンチ去ってまた大ピンチだ。
どれだけ大ピンチがループすれば気が済むんですか。
バキ世界随一の不幸の男になってしまった。


門下生たちは驚愕の事実を知らずに、意気揚々と正拳突きを続ける。
そりゃそうだ。
倒されたと思わざるを得ない。
刃牙だって笑みを浮かべていますよ。
百戦錬磨の刃牙ですらピクルダウンの真相に気付いていない。
それほどまでにファイナルマッハ突きの威力はすさまじいものだと刃牙も思っていたようだ。
傍若無人俺様天下一番のSAGA男(言い過ぎ)、刃牙ですら驚愕に値するのがファイナルマッハ突きであった。

(この雄(おとこ)は倒されているのではない 勝手に眠っているだけ…………ッッッ)

ピクルはあくまでも勝手に眠っているのだ。
克巳の攻撃によって眠らされたわけではない。
自発的に眠っているだけだった。
ダメージ回復もあるかもしれないが、それもわざわざやらなくてもいいものかもしれない。
回復に努めているのは確実に勝利するためかもしれない。

「「休憩(やす)んでる……だけ?」」

前回、克巳よいしょムードで出ていなかったペイン博士は静かに事実を告げる。
って、お前なんでそこにいるんだ。
こんな場所にいると必殺の麻酔アタックが間に合わない。
今すぐグラウンドに向かえ!
…やっぱり、今回も食人を止める気がないんだなぁ…

「勝ち負けを言うなら もう終わっている」

「それは」「克巳さんの勝ちじゃないと……??」


あの刃牙が普通に状況を認識できていない!
この勝負は克巳さんが勝ち…そう思っていた時が僕にもありました。
なんてことは言わない。
久しぶりに素直な刃牙を見れた気がする。
刃牙ですら克巳の勝利を疑わないくらいの激戦だったのだ。
結果だけ見れば克巳が一方的に攻撃を仕掛けて自爆しただけだけど。

「少年よ……」「彼の右腕を見なさい…」
「止血を施しているとはいえ………………」
「深刻なダメージは誰の目にも明らか」
「他の手足も使用不能」


止血って問題じゃねーよ!
止血してどうにかなるダメージじゃありませんよ。
肉がなくなっていることにまず突っ込め。
というか、肉ぶっ飛びの真相はどうなったのだろう。
こういう時にこそ余計な口を挟むのがペイン博士の仕事だというのに、それをやっていない。
あとは麻酔しかやることがないのに、それも間に合いそうにない。
職務怠慢もいいところだ。

「仮にこの勝負 大自然の中で行われていたら――――――」
「もうミスター克巳に攻撃を加える必要はない」
「たとえ逃げても出血による痕跡は消えまい」
「ならばどうする…?」「野生は決して無駄をしない」
「相手が息絶えるまで寝て待つ」
「ピクルにとってそれが最も理にかなっている」


土壇場でピクルが行ったのは待ちだった。
たしかにこの状況ならどこへ逃げても捕まえられそうだ。
ピクルなら嗅覚もすさまじいものだろう。血痕から克巳の位置を探るのは容易かもしれない。

最強の護身術逃走すら封じられてしまった。
ピクルの睡眠は克巳のダメージを見通してのものであった。
移動手段が豊富な現代だと逃げ切られる可能性も大いにあるけど。

ただ、ピクルは相手の反撃を考慮していない
窮鼠猫を何とやらだ。ちょっと油断しすぎではないでしょうか。
特に2億年前は巨大生物がわんさかいた。
そういった連中は手負いでも体重をいかして踏みつけるだけで大打撃になりうる。
しかし、それも絶対の自信と経験があってのものだろうか。

ピクルは勝つために戦ったのではなかった。
あくまでも食事のために戦っていた。
食事を取るためなら無理にダメージを与える必要もない。
食事を取るための必要最低限のダメージを与えればいいだけだ。
そのための条件は克巳が自らの手で揃えてしまった。
結局、餌は餌であった

あと公開レイプもどこへ逃げても再度レイプできるから寝たとか(80話)。
ピクル液の匂いのマーキング効果を侮ってはいけないのですよ。
…嫌だな、それは。

浮かれ放題の末堂も異変を察知し、門下生一同の正拳突きを制止する。
一瞬で末堂がヘタれ顔だ。
うむ。この男にはこれが似合う。
願わくば独歩VS勇次郎の時のように空手が負けるかと乱入して欲しい。
そして、一瞬で吹き飛ばされる。

(これがそうか…… 徳川氏から聞かされていた………………)
(ピクルは襲い来る者を好む)
(好んだ者を食す)
(食す時 すなわち別れの時)
(故に涙すると…)


眠りながらピクルは涙する。
これで寝ているのが婦女子(除く梢江)だったら絵になる。
だが、ピクルが泣いたら悲劇の予兆である
泣いたら烈の背骨が折られたし脚も食われた。
あの惨劇が再び再来するのだろうか。

(ありがたい……………)
(この惑星誕生以来最強とまで言われる雄(おとこ)が……………)
(俺を強敵と認めてくれる)
(報われた…………)


克巳は泣いた。
勝てなかった。腕も失った。
だが、ピクルに認められたのがそれに勝るほどに嬉しかったようだ
勝つ負けるで戦うのではないと言い放っただけはある。

克巳はピクルに自身の全てをぶつけたかっただけだったのかもしれない。
だからこそ、右腕を犠牲にするファイナルマッハ突きも放った。
勝ち負けで戦っていなかったのはピクルだけでなく克巳も同じだったのだろうか。

こうして、克巳は自分の全力をピクルに認めてもらえた。
惑星誕生以来最強とかどこから出てきた噂なのかさっぱりだが、史上最強に認められただけ今までの人生は無駄ではない、かもしれない。
ピクルが強者を認めることの価値は、勇次郎が強者を認めるものと思えばわかりやすい形となろうか。
武道家の本懐を遂げる、とは言い難いが、ピクルに挑んだ者としての本懐は遂げられたようだ。

(この思いに………)
(どう報いる………)
(どう答える…………ッッ)


ピクルは涙と共に眠りから目覚め立ち上がる。
目覚めるのが速い。結局、何のために寝たんだろう?
少しのダウンで真マッハ突きのダメージを回復することができた。
ならば眠ればファイナルマッハ突きのダメージも瞬時に回復することができるのか?

「館長…… 逃げろ……」

末堂は呟く。
克巳を館長だと末堂はきっちりと認めていた。
窮地に出る感情こそが本物だ。
この窮地において、克巳が本当に館長として信頼されていることがわかった。

(やはり……ッッ)

烈も唸る。
おいィ?お前それでいいのか?
やはりってアンタ…マッハ突きが通じないことを予感していたのか
克巳を死地に向かわせたのか。恋人としてそれでいいのか。
マッハ突きを鍛えることを打診した男の台詞とは思えない。
まぁ、どれだけやってもやはりピクルが相手ならしょうがないか、くらいの気持ちが出たのかも。

郭海皇は目に手をやる。
50年進化した武術が通じないことを嘆いているのか?
その現実に涙しているのか?
それとも、直後に起こりうる惨劇から目を逸らすためか?
あの郭海皇にも大きな感情の揺れが起こっている。

(ピクルよ…………)
(俺はもう―――― 十分だ………)


理不尽な現実を突き付けられながらも克巳の顔は満足気だ。
全力どころか人生を出し尽くした。
それが通じなかったが、認められはした。
満足…なのかもしれない。
常人には想像しがたい。グラップラー的にも理解しがたい。

ただ、全てを出し切ったことだけは事実だ。
そして、全てを出し切れる相手と出会うことができた。
その結果、ピクルに強敵と認められ、門下生には館長と認められた。
克巳の望みは全て揃ったのだ。
幸福かどうかは置いておくとしても、克巳に悔いはないだろう。

「持ってけ…… この命ごと」

克巳は左手に胸を当て、ピクルに命を差し出した。
全てを出し尽くした。悔いはない。
あとは餌になるだけだ。
灼熱の時を過ごし燃え尽きた男の、壮絶な覚悟と最後だった。
克巳はこの瞬間、死を覚悟した。

「ダメだアアアアァァッッ」

末堂は叫ぶ。
フォントの向きがバラバラなのがその心情を表している。
たしかに死ぬのはダメだが右腕が死んだ今何だか今更な気がする

まずはファイナルマッハ突きを止めることから始めようか。
それとも、肉を犠牲してでも勝て。それが神心会イズムなのだろうか。
あと衆人環視の中で食人もダメですよね。

直後に克巳の右腕がホワイトアウトする。
突然の衝撃に克巳の表情は凍る。
そして、ピクルは克巳のはるか後方に飛んでいた。
止血に用いていた黒帯が宙に舞う。
一瞬の交錯の瞬間に何があったんだ?
克巳は、振り向く。

(なぁピクル……………)
(俺は美味いかい………………)


ピクルは涙と共に右腕を噛みちぎっていた。
骨だけになった克巳の右腕はついに五体から離れた。
右腕のどこからどこまでが奪われたのかはわからない。
少なくとも肘の付近までは噛みちぎられたようだ。

幸か不幸か、既に再起不能のピクルに右腕を食われることになった。
損傷の軽い部分を食われるよりだったら被害は少ない。
しかし、空手家の命とも言える右腕を奪われたのだ。
肉体的な被害以上に空手そのものが食われた印象がある

でも、右腕は骨だけで肉が少ない。
ピクルは人間に限っては骨ごと食う。だから、骨も餌になる。そこは問題ない。
牛肉は骨を残すけど。
人間は肉量が少ないから骨も食べて水増ししようというのだろうか。

だが、肉が致命的に不足している。
烈の脚を食った程度では満足しなかったのがピクルだ。
ただでさえ腕は脚よりも肉が少ない。今は骨だけになっているからなおさらだ。
果たしてピクルは右腕だけで満足するのだろうか。
肘から先だけでなく上腕部も持って行ったのなら、満足するのかもしれないが…ダメージがさらにデカくなってしまう。

右腕は食われたが危機は去っていない。
このままではさらに食われてしまう可能性がある。
克巳、一難去ってまた一難が来てさらに一難だ。
どこまで克巳に難が続けば気が済むのだろうか。
次回へ続く。


克巳も食われてしまった。
右腕が死んだから危ないと思っていたが、見事に食われた。
これで左腕が食われていたらドSにも程がある。
…その可能性が残されているんだよなぁ。

克巳はピクルに本気で命を差し出すつもりだ。
烈は助かることを心の底で望んでいたようだが、克巳は違う。
克巳21歳。まだまだ若い。若さ故の覚悟なのか。

次回は衆人環視の中、ディナータイムが始まるのだろうか。
それだけはヤバい。というか、門下生一同のトラウマになりますよ。
ペイン博士の麻酔アタックも客席にのんびりと座っている以上無理だろう。

ここで今まで出番のなかった独歩が助けに来るのだろうか。
空手が進化しきったマッハ空手の次は、磨き抜かれた愚地流空手の出場である。
…克巳の株が奪われそうだな。

ファイナルマッハ突きを持ってしてもピクルを倒すことは出来なかった。
特に刃牙なんかはプランを大幅に練り直さなければいけないだろう。
どうすればこの生物外を倒せるのだろうか。
打撃は通用しない。絞め技が候補に上がるだろうが密着する以上、ピクルの牙が怖い。
躊躇わずに噛みつく。そして、恐竜を噛み殺してきただけあり、噛みつきにどんな対策をしても無駄そうだ。
…やっぱり、範馬頼りかなぁ。

ガイアなんかは戦場で慣らした奇策を用いそうで面白そうな気はする。
勝てるかどうかは置いておく。
しかし、範馬以外で一番戦えそうなのはガイアの気もする。
武器を使うことに躊躇いはありませんよ。葉っぱで切り裂きますよ。
葉っぱなど恐竜の爪に耐えてきたピクルにとってまったく無意味なもの…
なんて当たり前のことを偉そうにペイン博士に言われるかもしれないが。

それとも、残った左腕がヤケに熱くなるのか?
折れても戦うのがバキだが、ここで腕がなくなっても戦う次元に入る…
いや、もういいよ、克巳…
お前はよくやった。もう森へ帰ろう…

どうにかこうにか克巳が無事生還できることを祈るばかりである。
僅か一瞬とはいえ50年先の武術へと踏み込んだ偉大なる男だ。
その理論をうまく形にすれば空手の更なる進化を実現するかもしれない。

21歳にして空手家として燃え尽きた。
今後の人生は指導者として頑張っていただきたい。
今の驕り高ぶっていない克巳なら、門下生の立場に立った素晴らしい指導を行えることだろう。
空手家克巳は終わった。だが、館長克巳としての人生は始まったばかりである。
…問題はどうやって始めるか、だよな。

ペイン博士は間に合わない。でも、刃牙なら間に合う。
刃牙よ、麻酔注射を持って急行しろ!
麻酔がなくなった…もうなくなってもいい…もうなくてもいい…
立っているのは――――俺だ。
みんながくれた勝利だ…
刃牙は注射器を掲げて勝利宣言をする。
直後に門下生一同から物を投げつけられるのであったとさ。



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