第256話 大変
渋川老を怒らせると危険だ。
片目を奪った憎き柳を討つために、やかんを持って街中を闊歩するくらいだ(推測)。
おそらく、勇次郎に屠られた柳にも追い討ちを加えたことだろう。
ついでに獲物を勝手に奪ってくれた本部にもとばっちりが来る。
Jrの左手の人差し指は「ペキッ」と折られた。
実に痛そうだ。背景にも電撃が走っている。
だが、達人はこれだけではJrを許さなかった。
木へと向かって投げたッッ。
見たところ、達人はJrの体勢を崩さず投げている。
合気らしい、渋川老らしい投げだった。
ガガガッ
Jrは身体にひねりを加えながら、木に額をぶつけた。
しかも、額を木の皮にこすっている。
なんと、芸術度の高いやられ方だッ。
濃密な負け犬臭が漂っている。
原哲夫漫画ならば、「いだだぶらば」や「くちはではではでばあ」など変なやられ台詞を言って読者の失笑を買うしかないだろう。
Jrが額をぶつけた木は、あまりの衝突の激しさに生々しい血痕に加え、木の皮が完全にえぐれていた。
なんという壮絶な投げッ。
なんというJrの額の硬さッッ。
これだけの額の硬さだと、バッティングも十分にできそうだ。
こうなったら、アライ流の必殺奥義はバッティングしかない。
おそらく、これでアライ父を潰したのだろう。
一方でJrの指は完全に折れていた。
ボクサーの命である拳を破壊されたのだ。
Jrはただ呆然と折れた現実を見つめることしかできない。
Jrの最大の武器のひとつが奪われた。
しかし、Jrもただ呆然としているだけではなかった。
夥しい出血をしながら、その形相(かお)は怒りに染まっていく。
自分の命ともいえる拳を破壊されたのだ。当然、怒る。
だが、その隙に達人は追い討ちの蹴りを放った。
Jrはまた木に顔面をぶつける。
範馬と戦って以来、踏んだり蹴ったりだ。
巨凶の血だけあります。
「ボヤっとしてんじゃねえよバカヤロウ」
達人はSexyな下着を見せながらすごんだ。
なんだか八九三の組長って感じの気迫だ。
完全に目が座っている。指を詰めるくらいでは許さないつもりだろう。
普段は好々爺をぶっているが、今は完全に本性を見せている。
なお、チラリと見えている達人の下着はフンドシでもなければ、ブリーフでもないようだ。
トランクスか?
個人的にはフンドシにしてもらいたかったです。
「〜〜〜〜〜〜〜〜ッッ」
怒りに震えるJrは折れた左手で反撃を試みる。
しかし、拳は握られていない平手打ちのような形だった。
しかも、狙いはめちゃくちゃだった。
正確な攻撃を得意とするJrらしくない。
なぜ、右手で攻撃しなかったのか?なぜ、正確に狙いをつけなかったのか?
これは達人に対する怒りで冷静さが失われたからだろうか?
そして、この怒りを達人は誘発させたのだろうか?
75年の年季が生み出す老獪な駆け引きだ。
Jrも戦いの駆け引きに関しては一流だったが、達人はその数段上を行っていた。
ガッ
Jrの攻撃にかつての速さ、正確さの面影はなかった。
――となれば、カウンターを合わせるのはたやすい。
達人の18番、平手で相手を持ち上げ地面へ叩きつける投げが決まった。
「兄ちゃん」
「大変なことになったぜ……」
Jrの視界はドロドロだった。
その視界に映り込む達人は満面の笑みを浮かべていた。
しかも、白目で。
普通に怖いです。あんた、妖怪か?
それはともかく、Jrの折られた指がまた達人に握られていた。
これから起こる惨事を脳裏に浮かべてしまったのか。
Jrはぞく…と冷や汗をかく。しかも、重力に逆らう形で。
Jrはすっかり、冷や汗の似合う男になってしまった。
敗北は天才をかませ犬に変えてしまったようだ。
達人はニィ…と最上級の満面の笑みを浮かべる。
やっぱり、白目で。
ちいさなこどもがこの顔を見てしまうと夜にトイレにイケなくなってしまいそうだ。
東京のある場所に新たな妖怪が誕生した瞬間です。
「ほい(はぁと)」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッ」
そんな凶器の笑顔に似合わないチャーミングな掛け声と共に、折れた指をねじる。
あまりの痛みにか、それとも合気の技なのか。
どちらかは判断しかねるが、Jrは思いっきりつま先立ちをした。
実に痛そうだ。否、痛すぎるッ。
「え〜〜〜〜……っと」
達人はJrを掴んだまま、身の回りを一瞥する。
そして、その視界に立派な木を見つけた。
「ほいっ」 ベキッ
その木にJrの顔面をぶつけたッ!しかも、折れた指を極めながらッ!!
相手の弱点を責める容赦のない攻撃だ。
実にエゲツない。
若年時代の恥ずかしい話を本人の目の前でするような卑劣さがある。
指の痛みと顔面の痛み。
あまりの痛みにJrの顔は苦痛に歪む。
しかし、達人の復讐はこれだけではなかった。
「ほいっ」 ガコッ
「ほいっ」 グシャッ
「ほいっ」 ゴッ
「ほいっ」 ベキャ
「ほいっ」 ゴッ
ガッ
「ほいっ」 ゴンッ
ぶつけた勢いで達人は何度も木に叩きつける。
さながら、パチンコのように、ピンボールのように、木の釘に何度も頭をぶつけている。
なんだかヘタすれば漫才になってしまいそうな構図だ。
Jrをいぢめるだけの攻撃ではない。アライ流すらもコケにする高度な攻撃なのだッ。(たぶん)
達人のピンボール攻撃が終わった頃には、Jrは木に腕を組ませないと立てないくらい疲弊していた。
ズボンが汚れるくらいの大量の出血をしている。
どうして、こんなに出血しているのか少しだけ疑問ですが。
「どうするよ兄ちゃん」
「もうチョイやるかい」
達人はJrに問いかける。
だが、Jrの顔はすでに戦士のそれではなかった。
白目をむいて、死んだような表情になっている。
Jrのハートは完全に折れていた。
「また逢おか」
「兄ちゃん」
達人がJrを開放すると同時にJrはダウンした。
そこに戦闘不能になってもなおも戦おうとするJrの面影はまったくなかった。
Jrは問答無用にして完全なる敗北をした。
指を折られた。心も折られた。
このまま、戦いからも折れてしまうのだろうか?
(梢江のイヤしに恐怖期待しつつ)次号へ続くッ!
折れず、曲がらずのJrのハートがいとも簡単に折られた。
さすが、達人。
精神面での勝負は18番なのだろう。
ボクサーの命を破壊している手口もエゲツない。
もしかしたら、指を折られた時点でJrの心は折れたのかもしれない。
自暴自棄になってしまったため、破壊された左手で攻撃を仕掛けたのだろうか。
達人の「また逢おか」の台詞が気になる。
再戦はいつでも受けるということだろうか?
再戦してJrが勝っちゃう展開だけは勘弁だ。
もっとも、この年齢にして戦いに意欲的なのは賞賛するべきハートの持ち主だ。
もしかしたら、Jrに匹敵するのかもしれない。
若干17歳でそのハートを失ってしまった某主人公も見習ってもらいたいところです。
Jrが完膚なきまでにやられた。
ここでさらに独歩の追い討ちが加われば再起不能になってしまいそうだ。
もしくは妥協して音信不通だった末藤との決闘だッ。
でも、末藤だと今のJrでも勝てそうだ。
もし、末藤が勝ってしまえば柳を笑えない。
きっと、イブニングの後書きに「末藤が強くて何が悪い」と記述されることだろう。
これ以上、Jrに追い討ちをするのもかわいそうなので、そろそろ刃牙が出てくるのだろうか?
いや、むしろ、たまには戦ってください。
刃牙はここ数年間の中で、おそらくもっとも戦っていないキャラの一人だろう。
何せその間、実に2秒だし。
主人公がこのままじゃいかん。
ここはひとつガチンコの勝負をして人気を取り戻すんだッ!
対戦者は往年のライバル加藤清澄だッ!
もし、このカードが実現すると、その間、実に2秒で終わるんだろうなぁ。