第261話 臆病者
「ノーグラブで決着だ」
アライ父がいきなり現れて、いきなり宣戦布告したッ!
今のアライ父は間違いなくヤる気だ。
こりゃあ、Jr.の睾丸を打ちますよ。
息子だろうが、女だろうが、蛇だろうが、容赦なく金的します。
でも、蛇を圧倒するとかませ犬になってしまうので注意。
「準備はいいかな」
「待ってくれ父さん」
「バカげている」
「久し振りに父と子が会ったというのに」「ファイトって…………」
完全に臨戦体勢のアライ父に対し、Jr.はただ困るばかりだ。
たしかにいきなり現れただけで驚きなのに、さらにファイトとなると驚きを通り越して困り果てるばかりだ。
それはもう、金玉打たれたばかりのところに勇次郎が現れたのに相当するだろう。
「父と息子だからやるのだ」
「わたしは5年前に不覚をとった」
「誰であろう我が子の手によって生涯初のテンカウントを聞かされている」
Jr.が父を越えたのは5年前――しかも、10代のことのようだ。
刃牙が勇次郎との圧倒的な差に苦しんでいる間に、Jr.は父を越えていた。
生涯初をわざわざ強調するあたりに、アライ父の胸中がわかる。
いくら自分の全てを受け継いだ息子とはいえ、敗北するのは屈辱なのだろう。
――となると、この戦いはアライ父の復讐戦か。
バキ世界における復讐は、やかんやガソリン点火や爆破や危険なものばかりだ。
Jr.は五体満足で帰ることはできないだろう。もうすでに五体満足じゃないけど。
それよりも誰がテンカウントを数えたんですか?
251話でアライ父は息子にぶっ壊されたと発言していた。
でも、これを見る限りだと、ただ敗北しただけのようだ。
肉体面ではなく、精神面を壊されたのだろうか?
「ほんとうに…」
「久し振りだった」
何はともあれ、アライ父は自分の戦線復帰へのトレーニングを語り出した。
重さ2キロのワークブーツを使って、まずはロードワーク…する体力はなく、ロードウォークをアライ父はした。
走り出すまでに実に3ヶ月の時間を要している。
そして、サンドバック、パンチングボール、ロープスキッピングなどのトレーニング。
仕上げのスパーリングを行うのにウォーキングから18ヶ月がかかったと告白した。
「永かった…」
引退したボクサーが前線復帰するのには、多大な努力と長い時間を必要とする。
その苦労はアライ父の台詞に込められていた。
同じボクサーとして、Jr.はその苦労がよくわかるのだろうか。
神妙な表情をする。
しかし、この話からすると、今まで行われてきたジャーナリストの会話は数年前のことになる。
あの後、必死こいてリハビリをしたのだろうか。
同時にジャーナリストとの会話は時間を越えた解説だと判明した。
解説は時空を超えるのだッ!
バキ世界において解説はやはり強力な武器のようだ。
「でも……父さん」
「残念なことに…………」
「僕はこんなコンディションなんだ」
あ、すっかり忘れていたけど、Jr.は重傷人だった。
以前はケガが言い訳として通用しなかった。
だが、松葉杖がなければ立っていられないような容態なのだ。
今度こそは通用するはずッ!
そんな絶対の自信を込めて、Jr.は申し訳なさそうに視線を逸らしながら言い放った。
「たしかに残念なことだ」
「我が息子がこれほどの臆病者だったとはな」
あ、やっぱり、ダメだ。言い訳、全然通用しねェ。
今のアライ父はJr.の玉が潰されていようが、さらに棒をへし折るつもりだ。
そして、Jr.はそんな境遇に置かれている。
災厄の発端はたぶん松本梢江だ。間違いない。
「マーシャル・アーツとはなんだ」
「何時でも――――――」
「何処でも――――――」
「誰とでも――――――」
「それが日本で言うところのブジュツ―――」
「オマエが志すマーシャル・アーツではなかったのか」
「それをぬけぬけとコンディションなどと―――――」
「恥を知れッッッ」
アライ父が息子の不甲斐なさに吠えた。
まぁ、今のJr.は完全に落ち目だし。
ブラジル人や巨漢を倒して自信を取り戻そう。
あ、でも、巨漢に負けているや。範馬だからしょうがなさそうだけど。
武術はアライ父の言うように、何時でも、何処でも、誰とでも戦うのには間違いない。
しかし、武術は勝つためではなく生きるための技術だ。
そのためには武器を使ったり不意打ちしたり、勝てそうになかったら逃げ出したりと、卑怯なことをたくさんする。
勝利とすることも生きるための過程にすぎない。
――と、すれば、勝てない勝負に挑もうとしないJr.は武術として間違ってはいない。
せこせことするからいけないのだ。もっと、堂々と逃げよう。
「わたしは臆病者とファイトするために」
「この5年間を費やしたワケではない」
「帰るッッ」
だが、アライ父は挑発を止めない。
でも、「帰るッッ」とか言うとなんか駄々っ子みたいだ。
でも、帰るってどこに帰るんだ?
この状況、帰って一番困るのはアライ父だ。
「待ってください」
「やりますッッ」
そこまで挑発されて黙っているJr.ではなかった。
アライ父の挑戦を受けたッ!
しかし、受けたというよりも、受けさせられたといった方が正しい。
こんなのだから重傷を負うのだ。引くことも覚えよう。
梢江にも積極的なアプローチだけじゃ、焦らすことも覚えた方がいい。
とりあえず、3年くらい音信不通になろう。
そうすれば、梢江のことを忘れられるはずだ。
「ここであなたとファイトするッッ」
Jr.が猛る。
その猛りを待っていたと言わんばかりに、アライ父はスッッッゲェ〜〜〜嫌な笑顔をする。
それにしてもなんと嫌な笑顔だ。今年度のベストオブ嫌な笑顔賞を受賞できることだろう。
受賞しても嬉しくありませんが。
しかも、「ほう…」と振り向いた時には、この嫌な笑顔が完全に消えているのだからアライ父は曲者だ。
こういうのに慣れているのだろうか?
きっと、こうしてムエタイやロシア人をアライ流の生贄に捧げたに違いあるまい。
「わたしはムエタイとファイトするために」
「この5年間を費やしたワケではない」
「帰るッッ」
こんな感じに。
…帰ってどうするのだろうか。
「オマエらしくもない」
「男らしい言葉じゃないか」
「シャラァップッ」
なおのこと、Jr.を挑発するアライ父。
猛るJrは松葉杖を投げ捨て戦闘体勢になる。
完全に頭に血が上っている。
Jr.が駆け引きに長けることには今までの戦いから見て間違いないが、相手のペースに乗ってしまうと冷静さを失ってしまうのが弱点か。
「呼ばせないッ」
「呼ばせないッッ」
「チキンなんて―――」
「絶対に呼ばせない!!!」
Jrはアライ父へ向かって一直線に走る。
あれ?Jr.の膝は破壊されたんじゃなかったのか?
走れるのなら松葉杖いらないじゃん。
普通に歩けるじゃん。
やはり、梢江の気を引くための演出だったのか?
というか、傷の快復が速すぎます。
グラップラーな人たちは快復が速いので、まったく気になりませんが。
長いダッシュの後、Jr.は渾身の右を放つッ。
でも、すごく見切りやすそうな攻撃だ。
なんか今からパンチを打ちますよ、って感じだし。
ガッ
しかし、Jr.の右はアライ父のカウンターに遮られた。
しかも、拳によるカウンターではなく、掌底によるカウンターだ。
当然のようにボクシングに掌底は存在しない。
状況に応じて拳の使い方を変化させるアライ流ならではのカウンターだ。
やはり、アライ流創始者の格は違うのだろうか。
正直、今まではあまり強くなさそうなアライ父だった。
猪狩と引き分けという戦績があったし。
しかし、今のアライ父は強い。
肉体的にも強いだろうし、駆け引きにも長けている。
次号は絶技が見られるのだろうか。
絶技繚乱になってくれれば嬉しいが、相手の人のコンディションが微妙だしなぁ…
何はともあれ次号へ続く。
Jr.は乗せられると後には戻れなくなる人間のようだ。
それがうまく働いている間はいい。
だが、少し前からそのハートが命取りになっている。
もしかしたら、刃牙に樹海でこんなやり取りがあったのかも。
「俺と戦いたいんなら…梢江と結婚してくれないかな?」
「〜〜〜〜〜〜〜〜ッッ(アノバケモノト結婚シロトイウノカッ!?)」
「待ッテクレ刃牙クン。バカゲテイル。君ノ恋人ト結婚ッテ…」
「SAGAとはなんだ。何時でも――何処でも――梢江とでも――それが日本の言うところの性――お前が志すSAGAではなかったのか」
「それをぬけぬけと人の恋人などと――恥を知れッッッ」
「俺は臆病者(チキン)と戦うために砂糖水14リットルを飲んだわけじゃないんだ。帰るッッ」
「待ッテクダサイ。プロポーズシマスッッ。梢江ト結婚スルッッ」
(呼バセナイッ 呼バセナイッッ チキンナンテ――絶対ニ呼バセナイ!!!)
言ってしまったからには引くこともできず、梢江にプロポーズするJr.。
厄介者払いできて満面の(嫌な)笑みの刃牙。
だから、最近、梢江に冷たかった、かもしれない。
そして、Jr.はチキンどころか勇者扱いだ。
最近のJr.は叩きつけられてばかりだ。
どうやって復帰するのだろうか。
もしかしたら、梢江とのSAGA…いや、この戦いが転機になるのかもしれない。
自分の師匠ともいえる父からアライ流の真髄を学び、更なる飛躍を遂げるのだろう。
しかし、それでもセックスしたり砂糖水飲んだだけでパワーアップする範馬を相手にするには不十分そうだ。
強いんだ星人が範馬の壁を越えるのは難しそうだ。
刃牙は勇次郎との戦いを決意した。
だが、その戦いが始まる前に、第2の親子対決が始まってしまった。
これが郭海皇VS春成だったら、わずか2秒で決着だ。
アライ親子対決は何秒で終わる?(秒単位かよ)
それにしても刃牙は主人公として、かなり危うい立場にいる。
出番の量・質ともに梢江以下だ。
もしかしたら、刃牙もひっそりと勇次郎と戦っているのかも。
そして、ひっそりと敗北して病院送り、ないしは火葬場送り。
だから、今週も出てこなかったのかッッ。