範馬刃牙 第160話 祈り
刃牙が死んだ魚の目をしたまま動かない。
何が起きたのだろうか。
本当に死んでしまったのだろうか。
目の前にピクルですよ。死んでいる場合ではない。
生き返れ!
このまま、死んだままでもありといえばありか。
口を半開きで静止する刃牙にピクルが近づく。
その身長差、おそらくは50cm…膝を曲げて上体を倒してもピクルの顔の方が高い。
ピクルはそうして刃牙を凝視する。
明らかに敵意はない。ただの興味を持っているようだった。
ピクルは手を刃牙の顔に近づける。
猛禽類のように尖った爪や花山並みの握力を誇る高い危険度を持つ手だ。
黙っていては危ない。
動かないと致命傷になりかねない。
(やすやすと間合いに…ッッ ええ〜〜!!?)
(すでに失神しちょる??ッッ)
みっちゃん、アンタ何言ってんの!?
誰よりも地下闘技場戦士の最強を信じている男が、誰よりも早く地下闘技場チャンピオンの敗北を予感した。
憧れているわりには信頼が足りない。
あるいは刃牙には憧れていないのか?
やっぱり、扱いのひどい刃牙であった。
そんなじいさんの戯言に付き合っていられませんよ。
刃牙は緩慢な動きではあるが、伸ばされた手を振り払う。
刃牙は生きていた。気を失ってなんかいなかった。
いっそ寝ておけばいいのに。ピクルだって大ダメージを受ければ寝ますよ。
だから、刃牙が寝ても悪くない!
さて、刃牙には意識があった。
だが、瞳に色がない。冷や汗もたくさん流している。
刃牙は大きなダメージを受けていたのだ。
起き上がる頃にはズタズタにされた黒髪が刃牙がいた。
(こッッ)
(これが せいいっぱいッッッ)
アンタも何言ってんの!?
いやいや、待て待て。これが精一杯ってどういうことだ。
それほどまでにダメージを受けたのかよ。
オリバ戦で同じくらいのダメージを受けたじゃん(第68話)。
ピクルに押し潰されたダメージが予想外にでかかったのか?
あるいは今回はエンドルフィンを出していないのだろうか。
中途半端に大きなダメージを負うと大変なんだな…
30メートルからの落下のショック――
幼い頃ジャングルジムで落下した時のような、ブランコから落下した時のような、水月に蹴りが食い込んだ時のような…
呼吸困難の最大級が刃牙を襲っていたのだ。
…刃牙…ジャングルジムとかブランコで遊んでいたんだ…
そ、想像できねえ…もしかして、傍らには鬼父がいたりしたのか?
…なおさら想像できねえ…
刃牙にだって普通の幼年期があったのだった。
ともあれ、呼吸困難が刃牙を襲っている。
横隔膜がせり上がるだけせり上がって、肺がぐしゃぐしゃに押し潰されていた。
いくら何でも潰されすぎというか、心臓まで潰れている。
呼吸だけじゃなく血液の循環も危ないんじゃないだろうか。
多分、ピクルに蹴られた時はこれ以上のダメージがあったと思われる。
…特訓、しておけばよかったね。
そんなわけで一歩も動けない刃牙であった。
だが、内臓は大混乱の最中である。
そして、大量の血が刃牙の口中へとなだれ込む。
内臓がダメージを負ったのだから当然の出来事であった。
いきなり、冷や汗に出血と大ダメージを受けている。
吐血なんて鼻血よりもひどいダメージだよ。
対するピクルの方は何ともない。…やっぱり早すぎたんじゃないだろうか…
明日どころか1年後にやる!くらいは言っても良かったかもしれない。
流れ込んできた血によって、刃牙の頬が膨らむ。
口から吐き出したい心持ちだろう。
だが、刃牙は血を飲み込んだ。ダメージの見せたくないのか。
ダメージひとつ取ってもリアクションのうまい刃牙であった。
すげえダメージ受けてるよ!と痛いほどに伝わってくる。
精一杯我慢しているけどダメージすげえよ!とありありと伝わってくる。
さすが、リアクションは一流の戦士である。これもまた文化か?
飲み込んだ後にむふぅな勢いで鼻息を吹き出して刃牙はリアクションにオチを付ける。
みつどもえのひとはのリスペクトであることは確定的に明らか。
おまえ絶対ひとは派だろ…
ロリコンだなさすが刃牙ロリコン。
(両膝が巨大な岩を支えてるようだ…………………ッッ)
(潰れちまいたい!!!)
刃牙は立っていられないほどのダメージを感じていた。
出来ることならば倒れてしまいたいのだろう。
そして、そのまま明日まで、寝る!
だが、刃牙は文化の戦士だ。
痛みに倒れる者はファイターではない。
その誇りと意識が刃牙の両脚を支えているのだろうか。
でも、どうみても痛み以上のダメージだ。むしろ、生きているのが不思議なくらいである。
これほどのダメージを背負っても、耐えられるダメージで済んでいるのは、さすがは範馬刃牙と言ったところなのであろうか。
(いかに刃牙さんが強靱(タフ)とはいえ あの高さからの落下……ッッ
明らかに人類の耐久力外だ)
(無事なハズがねェッッ よくぞ立ったままで………ッッ)
そして、烈と花山による豪華な驚愕の共演だ。
30メートルからの落下は人類の耐久力外と言わしめるほどのダメージらしい。
中国四千年ですらこれ人間じゃ無理!と判定を出した。
刃牙なら落下の瞬間に妄想でクッションを用意すればいいのに…きっとダメージを軽減できるぞ。
タフネス自慢の花山もあの高さから落ちることには自信がないようだ。
花山が刃牙と同じく落ちたら…立ってはいられないのだろうか。
それを考えると刃牙のタフネスはとんでもないものがある。
さすがは範馬一族の末裔である。ちょっと憎たらしく思えてきた。
刃牙同様に人類に耐えられないダメージを負ったはずのピクルだが、一切の汗も出血もない。
刃牙は汗も出血も大盛りサービスだっていうのに。
やっぱり、ピクルは人間とは別種だ。
そういえば、二人とも刃牙が立っていることには驚いているけど、ピクルが全然平気なのには驚いていない。
ピクルの超生物度は承知の上のようだ。
ダメージがまったくないという異常事態も、まぁピクルですからと受け止めている。
文化としての戦いを教えようとしたら、高所からの落下という文化外のことをやられた。
でも、刃牙はピクルの大ジャンプを肯定していたな。
人類に耐えられないダメージを負うことも文化の戦いということか?
もう何が文化なのかさっぱりわかりません。
範馬刃牙、戦いが始まって早々に致命傷であった。
それを必死に隠そうとしていた。だが、ピクルは戦力分析にかけては超一流だ。
当然、その野生は刃牙のダメージを見抜いていた。
[目の前にいるかけがえのない遊び相手が――
一見何事もなく佇んではいても――――――]
[それは擬態 その実―――――重大なダメージを負っている]
範馬刃牙=遊び相手!
hai!!結局、遊び相手でした!
大事なことなので2回言いました。
もう、餌以下の扱いですよ。
たった一発でダチとか文化の戦いとか、調子ぶっこいた結果がこれだよ。
結局、刃牙は遊び相手止まりなのであった。道化にもほどがあるぞ。
文化の戦いはこれでいいと思った瞬間には致命的な致命傷だし。
ピクルは刃牙が本当は倒れのたうち回りたいことを見切っていた。
でも、耐えている。健気とか誰か言ってやってください。
もうこのまま病院まで運んでやれ、ピクル…
ファイター失格に出来るぞ。
(ピクルッッ 何をしているッッ)
(打ち込んでこいッッ 俺は弱ってるぞッッ)
うわぁ…この人、何言ってるんだ。
汗だらだらで、必死に吐血を押さえて、全然瀕死だ。
だというのにダヴァイだよ。
少し頭冷やそうか…
瀕死においても去勢を張り、己の生き様を通す。
これも文化の為せることなのか。
徹底的に叩きのめす文化の戦いの実践者だけあり、追撃をしないピクルの行動には疑問なのだろう。多分。きっと。そうなんだ。
ピクル!手加減とか文化の戦いちゃう!…刃牙はこう叫びたいのかも。
でも、殺すまでもないのが文化の戦いなら、これで十分勝負ありなんじゃ…
文化の戦いは難しい。
刃牙のM気質を理解しきれないピクルは追撃をするどころか、目を閉じる。
その表情は…鎮痛だ。
獲物を仕留めた喜びは間違いなく存在しない。
だが、刃牙は獲物ではなく遊び相手だ。重要なので強調しました。
遊び相手を過剰にまで傷付けた…
それはピクルにとって本意ではないのだろう。
遊び相手は倒すための存在ではない。それは他に求める。
だからこそ、ピクルは悲しんでいるのだろう。
自分の浅慮で遊び相手を傷付けてしまったことを。
大事なことなので何度も強調しました。
[原人は悔いていた…]
[自分は―――――][やりすぎてしまったのだ]
[この壊れやすい玩具(オモチャ)を――]
[乱暴に扱い過ぎてしまったのだ…………………]
[ああ…][どうか元どおりに―――]
遊び相手でもピクルにとっては大事な存在だ。
友達がいないなら引きこもればいいじゃん!とはいかないのだ。
引きこもっているけど。
ピクルは膝を地面に着け、刃牙の前に跪く。
そして…両手を合わせようとする。
ピクルは破壊することの達人だが、治すことはからっきしだ。
自分に手の及ばぬことに対面した時に、原人が何をするのかというと…祈ることだった。
私、信じてる。ピクルはプリキュアで言えば黄色の人だった。
自分には何もできない。ならば、せめて心だけでも…
そんな祈りを刃牙は受け…る直前で刃牙の表情が激怒に染まる。
敵に哀れみをかけているんじゃないと。
文化人ならキレる。当然だ。
奇しくも刃牙の行った挑発よりも精神的ダメージがデカいことだろう。
最大の挑発は哀れむこと…誰かがそう教えてくれた。
バチィッ
刃牙は怒りのアッパーでピクルの祈りを中断させた。
NEET生活で筋肉じゃなく心の贅肉がついたと思われた刃牙であったが、
敵に哀れまれるという屈辱にはだらけきった心が揺さぶられた。
贅肉がぷるぷる震えるぜ。とんでもない雌豚だよ。
[敵が――――]
[己の為に祈るという屈辱……]
[それを目にしたとき――――――]
[少年の気位はかろうじて――]
[空前の肉体的苦痛を上回った]
屈辱によって刃牙に肉体はダメージをかろうじて上回ったのだ!
かろうじてかよ!
ダメージがデカかったのか、怒りが小さかったのか…
どうでもいい部分で接戦を繰り広げる男だ。
何とも刃牙らしいというか、何というか…
(俺のために――ッッ)
(祈ってんじゃねェェッッ)
必殺の刃牙ギレだ!
オリバ刑務所で数度発動した刃牙らしいキレ方だ。
酸素を取り込めない身体ながら、刃牙は咆えたのだった。
言葉を言葉には出来ないが、その意味は迫力を伴ってピクルに伝わる…と思いたい。
でも、哀れみの感情は野生動物には持たないものだ。
確かな知性があってこそ行えることだ。進化の証です。
なら、刃牙も文化人として許してあげればいいのに…
あもりにも大人げがなさすぎるでしょう?
自分が見下すのはいいけど、見下されるのは断固拒否。
このワガママこそが範馬の証であろうか。
次回へ続く。
とにかく刃牙。とっても刃牙。
そんな怒濤の展開であった。
主人公だけあって期待を裏切らないぜ。
地面にバナナが落ちていたら、見事にそれで転ぶのが刃牙です。
こう、何かダメなところが、非常に刃牙らしい。
俺のために祈ってんじゃねえ!は明日から使えそうな刃牙語だ。
ニート生活に終止符を打つため、職安に連れて行かれたら、俺のために仕事探してんじゃねえ!
今日も昼まで寝ている時に起こされたら、俺のために起こしてんじゃねえ!
うむ。汎用性が高い。
最近の刃牙は明日やる!など名台詞が多い気がする。
さて、ピクルに対し猛攻を仕掛けた刃牙であったが、結局ダメージがなかった。
そして、遊び相手扱いされていた。
今まで戦った3人の戦士は、ピクルの闘志にすぐに火を付けた。
だが、刃牙は手間取っている。まだ餌になり得ていない。
…情けない。何と情けないことか。
誇りを傷付けた意味もあまりなかったよ。
人間なら死亡してしまうような攻撃を刃牙は行った。
が、人間なら死亡してしまうような攻撃を受けてダメージは一瞬で逆転した。
やっぱり、人間の域ではピクルには勝てないらしい。
そして、今の刃牙はまだ人間の領域だ。30メートルから落ちただけで死にかけですよ。
でも、範馬の血が目覚めれば刃牙は人間離れできる。
スーパーサイヤ人になるか否かの差がありますよ。
そうすればピクルだって!
…それもどうなんだろう。
ピクルは刃牙を餌とも敵とも見ていない。ただの遊び相手だ。
刃牙は蹴られた時からまったく進歩していない。
まぁ、特に何もしていなかったら進歩していないのは妥当だけど。
とりあえず、ピクルを本気にさせなければ意味がない。
本気にさせた瞬間、ズタズタに引き裂かれそうだが、頑張れ刃牙。
如何にすればピクルを本気にさせられるのだろうか。
やっぱり、ムカつく顔か?苛立たしい顔か?
烈と花山が観客席を投げつけるほどの挑発をやってのけろ!
刃牙に呆れたピクルは哀れみを込めた冷たい目線を向ける。
そして、刃牙は再起不能となるのであった…
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