プバアバ没シナリオ



アバーのシナリオ(1.26MB)を見ていたら没シナリオがあった。
アバーはおまけエピソードを作るに当たってけっこう没シナリオがあって、書いては没、書いては没を繰り返した。
そのひとつ、推理編をせっかくなので公開。
なお、作中の時系列から完全に離れたパラレルシナリオ。

推理編第1話

 ――それは在る嵐の夜の話であった。


「聖王が殺されたッ!」

 災厄対策本部の皆で賭け麻雀のリーグ戦をしていたら、そんな叫びがふと聞こえた。
 何事だろうと私は河に伸ばした手をふと止める。
 それは皆も同じのようで先ほどまで絶え間なく満ちていた牌の音がピタリと止んだ。
 何分、耳に入ってきた言葉が言葉だ。その意味がわかる者ならば止めざるを得まい。


「それ、ポン。こうなったら形式聴牌だけでも取ることにするよ」

 止めない者がいたが、即座に睨まれた。
 その視線を意に介さず牌を操る女性は藤原優花、吸血姫にしてMARSの一員だ。
 普段の気が入っているのか入っていないのか、よくわからない女性だが、MARSの一員だけあり戦闘における集中力は凄まじいものがある。
 それは卓の上でも同じようで凄まじい集中力で手元の牌を見ている。


 いや――これは集中力というよりも必死なのだろう。
 彼女の実力は相当のものだ。3年間、ベッドで意識不明で寝ていたというのに、意識を取り戻し次第、即座に前線に復帰したのは人間離れしている。
 本当に人間なのか――私は時折疑問を抱いてしまうほどだ。
 彼女の運もまた、人間離れしていた。


「あ、それロンだよ」
「あぁあッ!? な、何でそんな牌で待っているんだよッ!!」

 倒された牌に目を向ける。
 それはありふれたタンヤオ。初心者がとりあえず作ってみたといった風情の役であった。
 無論、タンヤオだから初心者というわけではない。作りやすい役だからこそ、様々な場面で活かせる役でもある。
 だが、如何せんそこへの流れが悪すぎる。
 ポンとチーを繰り返し、最後の1枚だけで待つ裸単騎――それも河には当たり牌が2枚存在する地獄待ち――
 要するには極めて上がることのできる確率の低い待ちである。


「やったッ! また、優花から和了ったッ!!」

 素人なのか玄人なのか、逆に判断しにくい打ち方をした少女は優花嬢と同じくMARSの一員、リンネ・エリンツェルである。
 リンネ嬢は放浪者としてフェルアルナを巡っていたが、その実力は二流、いや三流、いっそのこと四流だった。
 事件に巻き込まれてはそれに振り回された。あらぬ罪で投獄されかけたこともあった。生死の境目に瀕したことも1度や2度には収まらない。
 それでも生きてフェルアルナを旅している。
 逆境に屈せぬ性格か、抱えた古傷か、あるいはただの悪運か――いずれにせよ彼女は放浪者としての実力はないが、それでも旅をする力は持っている。


 さて、この卓においてリンネ嬢の悪運は相手を巻き込んで作用している。
 リンネ嬢は麻雀においては明らかに素人であり、その打ち方にそれが見て取れる。
 リーチをされても構わずツモ切り、役ができているのかもわからずポンとチーを連発、知らずに点の低い役にする、河を一切見ない、そもそも点数計算もできない――
 素人である。わかりやすいほどに素人である。
 当然、カモとして狩られるばかりであろう。
 私もその1人だ。麻雀は遊びじゃない。


 ――だが、優花嬢の不運はリンネ嬢の拙さを悉く上回った。
 優花嬢自体は麻雀は今日この日までやったことはない。素人に変わりはない。
 だが、麻雀漫画を見せるとあっという間にルールを理解し、1時間で全てのルール、全ての役、点数計算を覚えるばかりか、対局の中でセオリーを瞬く間に学んでいった。
 私の知る彼女はけだるそうにしている姿ばかりであり、会議中もすやすやと寝ているほどであった。
 けれど、その頭脳は極めて優秀であった。それが麻雀によく現れている。
 優秀故に感覚ではなく計算で打つデジタル麻雀を優花嬢は選び、結果として今日の麻雀でも高い成績を実現していた。


 だからこそ、計算にないリンネ嬢の打ち方に苦戦することとなった。
 リンネ嬢の打ち方は確率で見れば明らかな弱者である。より高い確率、より優れた効率を追求した優花嬢の打ち方とは比較にならない。
 けれど、僅かな確率の漏れをリンネ嬢は悉く拾い、優花嬢を打ち抜いていった。
 それは実力ではなく純然たる運の為せる技だった。
 故に尋常ではない。
 尋常ではない悪運だった。


「ぐ、ぐぐぐぐ……ッ!」
「ええと、これなら、ええとー……」
「1000点だよッ! タンヤオだけだから1000点ッ!」
「じゃあ、1000点ッ!」
「ああもう、この野郎ッ!!」

 優花嬢はリンネ嬢に点棒を投げつける。
 その時に倒れた彼女の牌を見ると――タンヤオ・ドラ2の3面待ちと待ちの広い形だった。
 形式聴牌狙いだと言っていたが、十分に和了りを狙える牌である。
 捨てた牌もリンネ嬢以外の待ちを上手く外しているのが見事だ。
 だからこそ、リンネ嬢の悪運に巻き込まれたのが想定外なのだろう。
 ただただご愁傷様としか言うより他ない。


「う、うーん……漫画ではもっと役ができていたはずだが……」

 彼女は盛り上がる2人――1人は何が起きているのかよくわかっていないのだが――を置いて腕組みをしていた。
 彼女はアルトワルツ・フォルティア・フェルアルナ。フェルアルナの王女にして聖女にしてMARSの一員である。
 彼女の成績は凡庸なものである。
 華々しく勝つことはなく、かといって大負けすることもなく、役満のような幸運に恵まれることもなければ、優花嬢のように不運に頭を抱えることもない。
 そう、いまひとつである。それ以上でもそれ以下でもない。


 打ち方が下手なのかと問われれば否である。
 アルトワルツ嬢はセオリーを忠実に守っている。無理な鳴きをすることなく自然に役を仕上げていく綺麗な打ち方だ。
 その打ち方は和了りにも表れており、ピンフとタンヤオを絡めた綺麗な役が彼女の和了りの大半を占めている。


 だが、綺麗故に読まれやすい。
 あまりにもこのような無理のない和了りに固執するものだから、相手からすればその手は想定内ばかりである。
 事実、アルトワルツ嬢に振り込む者は少なく、和了りの大半がツモによるものだ。
 だからこそ、場が荒れることはない。故に脅威にならない。
 素人ではないが強くもない打ち手がアルトワルツ嬢であった。


 だからといって読み切れないモノが麻雀でもある。
 わかりやすい打ち方だから絶対に振り込まない、なんてことはあり得ない。
 アルトワルツ嬢は読みやすい。
 たしかにその打ち方は読みやすい。だが、それは読みやすさの一端に過ぎない。
 もっとも、読みやすいのは――その表情である。
 単純に表情がよく変わる。
 リーチした時に他家が捨てた牌が待ちと無関係なら頬を膨らませ、同じ色の牌が来ると驚き、待ちに近い牌が来ると露骨に残念がる。
 わかりやすい。とにもかくにもわかりやすい。ポーカーフェイスとはまったくの無縁である。
 こんなのだから振り込まない。強いて振り込む時はリーチした時くらいである。


 ――さて、前置きが長くなってしまった。
 リンネ嬢の和了りによって対局に集中していた3人もやっと周りに意識を向ける。
 そう、誰かが殺されたのだ。
 このようなことをしている場合ではない。
 そう、場合ではないのだ。


 故にこの解説も蛇足であり意味のないものである。
 ただ単に――推理ロボ(わたし)がやりたかっただけでそれ以上でもそれ以下でもない。



推理編第2話


「聖王が、殺された」

 皆がこの言葉の意味を反芻する。
 対局に夢中になっていた私たち、4人も反芻する。

「……本当なのか?」

 震えながらアルトワルツ嬢は事実を信じ切れていないようだった。
 肉親が殺されたのだ。
 事実を理解しにくく、理解したくもないのだろう。


「残念ながら事実だ。聖王様は食堂で倒れており、息は既になかった」

 鎧に身を包んだ男が事実を告げた。
 ……誰だろう、この人は。これでも災厄対策本部の人員には聡いつもりであったが。
 増員された騎士団の一員なのだろうか。
 騎士団の幹部は機動力を重視しているため、皆が軽装である。
 逆に下っ端は防御力を重視して鎧に身を包んでいる。
 つまり、この鎧の人は下っ端ということか。
 いや、下っ端だからといって見下すつもりはない。組織はこうした人員がいなければ機能しないのだ。
 だから、彼は下っ端であることを誇って欲しい。給料が安いと僻まないで欲しい。


 ともあれ、下っ端の鎧の人に従い食堂へ足を運ぶ。
 そこにいたのは――頭を寸胴鍋に突っ込んだ聖王、ユズリハ・ファウグス・フェルアルナであった。
 一見、お笑いごとのようだが寸胴鍋には豚汁が入っている。熱湯による火傷と豚汁による呼吸困難が死因と見て間違いないだろう。


「熱いわね。死因は火傷か溺れたのか、どっちもなのかもしれない」

 と、私の推理を先取りした女性が出てきた。
 ユキヨ・エルラン・クリフォード。ユキヨインフォメーションという
(正直かなり胡散臭い)会社の社長である。
 動揺が張れない皆とは異なり冷静に状況を観察している。


「他殺には間違いないわね。一国の王がこんな自尽されても困るし、何よりも――」

 ユキヨ嬢はユズリハ氏の衣服を指さす。
 そこには手の形に似た染みがあった。

「つまり、どこかの誰かが無理矢理王様を豚汁に浸からせたってわけか」

 と、今度は軽薄そうな男が前に出てきた。
 魔王と呼ばれるこの男の正体はいくつものホストクラブを運営、さらには自らもホストとして前線で活躍しているカリスマホストだ。
 源児名は「聖夜」を名乗っているらしい。


「そういうこと。こんなことをされれば聖王様と言えど暴れる。暴れれば豚汁が飛び散る。飛び散れば自分にも豚汁がかかって――」
「そのうち、こんな跡が残るわけだ」

 ――故に他殺。
 ――故に犯人がいる。
 2人が主張したいのはそういうことだろう。
 状況を把握し切れていないリンネ嬢を除いて答えに行き着いた皆の表情は曇る。


「ど、どういうことですのッ!? 犯人がいるなんて……私、自分の部屋に戻らせていただきますわッ!」

 その事実に戸惑い取り乱している女性はロヴェリーズ・リズエ。災厄対策本部ではお手伝いお姉さんと慕われている雑用担当だ。
 麗しい容姿なのだがご覧の通りに取り乱したり、作法が今ひとつだったり、芋が好きだったり、何とも垢抜けない一面をたくさん持っている。
 田舎生まれ田舎暮らしだからだろうか。
 アイドルになろうとして失敗した過去があるようだが、それはこうした一面によるものではないだろうか。

 
「落ち着いて。孤立すると逆に危ない」

 それを静かに止めたのがマリスルナ嬢。殺人姫の二つ名を持つ女性だ。
 小柄ながら今年で三十路を迎えると言う。そのことを頻繁に言うことから、存外気にしているようだし、それなりに自虐的になっているのだろう。

「あ、貴女は殺人姫でしたわねッ! も、もしかして――」
「……私、もう人を殺さないのに」

 そして、ナイーブな少女(ナイーブ)、いや女性(レディ)なのだった。犯人扱いされ肩をしゅんと落とす。


「あ、いえ、ご、ごめんなさい……わ、わかりましたわ……どこにも行きませんわ……」

 ロヴェリーズ嬢は腰を落としマリスルナ嬢と目を合わせ、必死に励ましている。
 こうした人の良い一面を持っており、だからこそお手伝いお姉さんと慕われているのだ。
 ……名誉なのか?


「先輩が作(や)れるワケねえだろ。こんな半端者がよ」

 2人を嘲笑う男性――マリナ・アマミヤ。本来はここにいる人員ではないが、冥王が麻雀の面子を揃えるためにどこぞより連れてきた男性だ。
 皆からは悪役同然の扱いを受けている。
 理由は至極単純だ。数多の罪なき人々を手にかけてきた殺人鬼であり、対UMA独立部隊、MARSとも幾度か交戦した経験があるからだ。
 そう、彼は我々の敵である。


「あ? オレが作(や)ったと思ってんのか?
 オレが作(や)るは縁を斬るのが目的だ。それ以外で作(や)るワケもねえし、こんな作(や)り方は頼まれてもあいすいませんと断るよ。
 そもそも、創作(ころし)ってのは自分の裡から生じた感情をカタチにするもんなんだよ。立派な芸術品だ。
 自分の主義に反した創作(ころし)ってのはひどく不純だ。価値もねえ。
 だから、オレはこんな創作(ころし)をやるわけがねえ」

 ここまで言われると犯人じゃないと必死に主張しているように見えてくる。
 当然、みんなからは睨まれる。
 だというのに麻雀できるからと同席させたのはさすがだと思う。


「ニンゲンは小競り合いが好きなのだな。まったくもって愚鈍だ。故に脆弱でもある」

 この場に漂う空気を冥王嬢は一笑する。
 優花嬢と同じ顔かたちをしている不思議な女性であり、かつてこの国に災厄をもたらした冥王の後継者という曰く付きの女性でもある。
 彼女の家訓は「とりあえず、見下す」なのだろうか、とにかく上から目線である。
 事あるごとに人を見下しているのだがそれだけの力量は備えている。
 人類がUMAに対抗できているのも(目立たないが)彼女の指揮があってこそだ。
 その資格はあるとは言わないがその態度に見合うモノは持っていると言えよう。


「そもそも、ニンゲンが1体死んだというのだから何だと言うのだ? くだらん。つまらん。
 このような些事で何を惑――」
「冥王さんー、聖王様が倒れれば冥王様を擁護する人がいなくなって、多分、指揮官の座を奪われちゃうよ?」
「……何だと」
「冥王さんは実績はあるけど過去のアレアレで立ち位置がヤバいのよ。いわゆる伝統派には冥王さんを排斥しようという流れがあって、それを必死に食い止めていたのが聖王様なの。
 だから、聖王様が倒れれば冥王さんも権限を失って――」
「まったく、愚かなものだな、ニンゲンはッ! くだらぬ態勢に固持するからこそ、何一つ進化せぬのだ、たわけがッ!!」

 だが、どこか抜けている。
 常時抜いている優花嬢とどこか抜けている冥王嬢――同じ顔かたちをしているだけあり、そこは共通している。


 ともあれ、犯人はここにいる。
 ならば、やることは――


「推理ッ! するんだッ!!」

 私は声をあげる。
 こうして、この事件を巡る推理(たたか)いは始まった。



推理編第3話


「まずは状況を整理しましょう」

 と、ユキヨ嬢は会議を、推理を始める。
 推理を考えたのは私なのだが……まぁ、いい。寛大な心で許そう。

「最初にここの状況についてまとめるわね」

 ユキヨ嬢は皆に事件の流れや状況について一通り記したプリントを配り始める。
 準備がいい人だ。社長とはある意味では営業でもあるのだ。こうした経験が豊富なのだろう。
 こうやっていくつもの契約に至ったと考えると、ユキヨインフォメーションが成長を遂げるのもわかる気がする。


「今、ここにいるのは私たちだけ。冥王さんの指示で改築作業を行うことにしたから、それ以外のメンバー、あるいは避難民のみんなは別所に移動してもらった」

 改築は冥王さんの趣味だけどね、と付け加えながらもまずは結論から入っていく。

「それが意味することはひとつ――犯人はこの中にいるということよ」

 場の空気が沈む。殺人犯と同席しているとなれば、道理の反応である。

「ハイッ! 外から人が来た可能性がある可能性があると思いますッ!」

 リンネ嬢は勢いよく手をあげるが、ユキヨ嬢は何も言わず窓を叩く。
 そこから見えるのは猛風によって軋み、夥しい量の雨粒によって叩かれる窓ガラスだった。
 そう、今日は嵐の夜――


「誰かがここに入ってきたのなら当然濡れちまうだろうな。それは確実に痕跡として残っちまう」
「でも、一通り見て回ったところ、それはなかった。つまり、外部犯の可能性は低い」

 なるほど、道理だ。
 ユキヨ嬢はそちらの方が盛り上がるという理由から内部犯の可能性を示唆したわけではなかった。
 私なら面白そうなので迷わずそっちの路線で行ったところだ。


「さて、まずは聖王様の死亡推定時刻から。聖王様は南一局を終えてから席を立った。その後、戻ってこないと思ったら矢先に死体が発見された。
 離席したのは同じ卓の人たちの証言から察すると今から大体40分前……発見されたのがそれから20分後……
 その20分以内に犯行が行われたことになるわ。
 そうなると問題となるのは各人のアリバイね。でも、そこに入る前にあらためて私たちの情報を整理しましょう」

 今、この場にいるのは被害者のユズリハ氏を含めて12人。
 全員が一室に集まり麻雀を行っていた中でユズリハ氏の死亡が確認された。
 麻雀の開始は死亡が確認される4時間前に遡る。
 その間、多少の離席はあれど基本的には全員が室内にいたこととなる。
 そして、先ほど述べたように嵐から外部からの誰かがここに入ることは難しく、痕跡がないことから入ればその証拠が残ってしまう。


「麻雀はランダムに席を変えながら対局を繰り返していた。さて、問題となる今のセットで開始したのは発見された時刻から遡って40分前。そして、殺人はこの40分間の中で行われた。
 つまり、この40分間のアリバイを立証できれば、犯人じゃないと言えるわね」
「逆にそいつを立証できなければ犯人ってわけか」
「魔王さん、さっきから合いの手ありがとう」
「俺はいい女には優しいからな」

 いくない女には優しくないのか? これだからホストは困る。
 ともあれ、アリバイが立証できれば無罪、できなければ有罪――
 当たり前ではあるがそういうことである。


「じゃあ、私のアリバイから。まず、私は魔王さん、ロヴェ、クソマリナと打っていたわ。
 みんな、ここに置いてある飲み物や食べ物を取りに行くために離席することはあっても、部屋を出ることはなかったわね」
「つまり、私たちのアリバイは立証された形となりますわね」

 ロヴェリーズは無実を立証でき胸を撫で下ろしている。
 無実だと自分ではわかっているとはいえ、それを証明できると安心するものなのか。
 こうしたわかりやすい心理を持つ女性だった。庶民派というか何というか。


「おい、姉ちゃん。クソって何だ、クソって」
「クソはクソよ。君、私をブッ刺したのお忘れ?」
「あー、あん時は良かったな。すげえいい肉の感触だったよ……思い出すだけでよだれが出ちまう」
「さっさと死んじまえ、クソ野郎」

 ユキヨ嬢は不快感を露わにしている。
 それも道理か。何せ彼女は任務の中でマリナ氏に殺されかけた。
 自分を殺しかけた人間に嫌悪感を抱かない人間はいない。むしろ、自然な反応だ。
 不快感が極まってさっきからコップやら何やらを投げつけているが、トリップしているマリナ氏には蚊ほどの効果もない。


「チッ、この変態が。とにかく、そういうことで私たちのアリバイは証明完了。よって無実。次、アルトワルツたちのアリバイをどうぞ」

 舌打ちをしながらユキヨ嬢は我々の卓のアリバイを追求すると、優花嬢があくびをしながら答える。

「それならそっちと事情は同じ。みんな、ずっと卓にいたよ。
 あー……でも、東一局の親番で大三元を作ったのにリンネのタンヤオのみに飛ばされた時はムカって壁殴りに部屋を出たっけ?」
「1000点だったよッ!」
「あんなの1000点にしかならないんだよッ!」

 ポコりとリンネ嬢を叩く。
 うむ、それは腹立たしい。優花嬢の気持ちも察することができる。
 まったく無警戒のリンネ嬢が分の悪い待ちであっさりと和了ったのだから怒りもしよう。


「部屋を出たのは東一局か。聖王様が離席したのは南一局終了後だから聖王様の殺害も無理かな」
「付け加えると優花が戻ってきた時、まだユズリハは卓に座って打っていたな」

 それは私も確認している。それから誰一人とて部屋を出るどころか席を立ってもいない。
 優花嬢のもう絶対に席を立たせぬとばかりに放つ負のオーラが凄まじかったからだ。あれには私はもちろん、アルトワルツ嬢もひるんでいたほどだ。
 でも、リンネ嬢はそのオーラを笑顔で受け流していたので大物だと思った。


「じゃあ、私たちとアルトワルツたちはアリバイ証明完了――残ったのはガイシャがいた卓ね」

 残された3人を我々は見やる。冥王嬢、マリスルナ嬢、よくわからん鎧の人となる。
 唐突に麻雀の話に戻るのだが、何とこの卓には成績トップ3とワーストが共に立つ修羅場である。
 1位のユズリハ氏、2位の冥王嬢、3位のマリスルナ嬢、そしてワーストの鎧の人――
 トップ3の成績に差はほとんどない。実力は十分に均衡していると言えよう。
 当然、壮絶な死闘が繰り広げられることとなり、この卓の放つ熱気は他の卓とは段違いだった。


 だが、死闘は死闘でも均衡した状況下での読み合いではない。
 とことん乱戦である。
 何故か。ワーストの鎧の人が場を乱したのだ。
 その空気を読まない打ち方に3人はペースを乱されるばかりであった。
 特に極端なまでのデジタル打ちを武器とする冥王嬢のペースを乱された。
 結果、冥王の口から塵芥、愚鈍、浅薄、愚知、大愚、蠢愚、凡愚、バカ、アホと鎧の人を罵る言葉が次々に発せられた。
 冥王嬢だけでなくユズリハ氏も呆れていたし、マリスルナ嬢も殺意めいたものを向けていた。
 そういう意味でも修羅場だった。


「アリバイだと? 余は対局中に席を立っていない。証明完了だ」
「私も席を立っていない。私たちは互いにアリバイを証明し合っている」

 冥王嬢とマリスルナ嬢は互いにアリバイを証明し合う形となった。
 この部屋から出れば対局中でも意外にも気付くものだ。2人の証言に嘘はないと見ていいだろう。


「んー……これって全員のアリバイが成立したことになるわね。ガイシャと第一発見者以外は」
「ならば、第一発見者が問題だな。さて、第一発見者は――」

 鎧の人だ。
 鎧の人だ。
 鎧の人だ。
 鎧の人だ。
 鎧の人だ。
 皆、鎧の人を一斉に睨む。


「ま、待て。待ってくれ。俺じゃない。犯人は俺じゃ――」
「いいからアリバイを言って」

 ユキヨ嬢は鎧の人を睨め付ける。有無を言わせぬその視線に鎧の人は視線を逸らした。
 ……いや、兜があるから本当はどうなのかはわからないけど、明らかな狼狽振りから視線を逸らしたのは間違いない。
 私の推理が事実から逸れることはない。
 しかし、朗らかな彼女がこのような厳しい視線を向けるとは予想外だ。鎧の人に個人的な恨みがあるのだろうか。
 例えば、婚約を一方的に破棄されたとか。


「そ、その、聖王様が戻ってこられないため、冥王殿に調べてこいと言われ……い、いやッ! 探してみると食堂で聖王様が――」
「犯行推定時刻のアリバイなし。どこの馬の骨か知らねえがこれで確定みたいだな」

 魔王氏は核心に触れる。
 そう、他の者のアリバイは成立。その中で鎧の人だけ、アリバイなし。
 もはや推理など必要ない。ただの消去法だ。


「ま、ままままま待てッ! 俺じゃないッ! 俺はやっていないッ! アリバイはないかもしれないが犯人ではないッ!!」
「で、その鎧の染みは?」

 ユキヨ嬢が指差した先には鎧の人の所々に存在する染みがあった。この染みは――

「豚汁だな。この塵芥……先刻より養豚の臭いを漂わせていると思えば、なるほどそういうことか」
「こ、これは聖王様を発見した時に――」
「聖王を鍋に入れた時に飛び散った豚汁。きっと、そういうこと」

 麻雀の恨みとばかりに冥王嬢とマリスルナ嬢は追求する。
 鎧の人は萎縮し言葉が続かない。
 つまり――


「……残念ね。そういう人じゃないと思っていたんだけど、そういうことでそういう人だったのね」
「ま、待て、ユキヨちゃんッ! お、俺じゃ……ッ!!」
「罪は聖女の剣で穿たせてもらう。家族を奪ったのだ。許される道理があると思うな――」
「ま、待て待て待てェッ!!」

 こうして鎧の人はより正確な現場検証が行われるまでの間、暫定ではあるが犯人として開発室に軟禁されることとなった。
 アリバイが成立していないから犯人。雑な推理ではあるが目下一番の不審人物が鎧の人だ。
 ともあれ、これで枕を高くして寝ることができる。
 誰もがそう考えていた。
 そう、さらなる惨劇が始まることを知らずにいた――……



乱文精読、ありがとうございます。
なお、ここで途切れているのは「オチが思い浮かばなかった」という理由からである。


拍手レス
>やっぱり胸なんですね デカければ概ね許します。