刃牙道感想 第85話「勇次郎」



勇次郎が冷や汗を流した!
貴重な勇次郎の冷や汗である。
一体、いつ以来か。
エア味噌汁以来だった。
……何か勇次郎の冷や汗から価値が失われた気がしてきたゾ。

「この密度!!」
「この濃密な「気」を」
「何に喩える!!?」


対峙する2人にみっちゃんは冷や汗を流す。
他に比肩する者がいない最強と最強だ。
長い観客人生の中でもこれほどのカードはなかったであろう。
加えて勇次郎が殺される危険性があるカードもこれが始めてだ。
みっちゃんにとってこれほどの娯楽はあるまい。
クソ野郎め。

そんな勇次郎だが冷や汗は引いている。
あの何とも言えない表情も今は引き締まっている。
動揺はすれど引きずらない勇次郎であった。
さすがのメンタルであり自負心だ。
殺されかけても地上最強の自負に一点の曇りもなし!
煽るだけ煽って逃げ出して結局守護らない本部と大きな差を見せつけたと言えよう。

[脱力による体の落下]
[その加速を]
[踵から生じる力で]
[敵方向へと働かせる]


武蔵は再び脱力から一瞬の踏み込みを行う。
やはり、鍵は脱力にあった。
武蔵の身体が崩れてからの踏み込みはゴキブリダッシュと同系統の技術なのだ。
刃牙は知らずうちに武蔵と同じ技術を体得していた。 知らず答えに辿り着くのが範馬刃牙という天才か。
五輪書を参考にしたとかなら格好も付いたのに、ゴキブリを参考にしてしまうのが範馬刃牙という変態でもあるのだが。

このダッシュによって一瞬で射程に入る。
引きようもない間合いへと踏み込んでの2連撃だ。
まずは左の脇差しによる首狙いの斬撃である。
リーチの長い太刀である右を後に回したのは、脇差しをかわしたところを斬るためか。
脇差しはいわばジャブ。
だが、そのジャブでも人が死ぬのが日本刀という武器である。
そして、勇次郎とて日本刀に斬られれば斬られる。

その一連の流れ、コンマ000……秒であった。
恐ろしい速度を出している。
そこから繰り出される斬撃を勇次郎とてかわすことができないのか、首に刃がめり込む。
ついに勇次郎の首が飛ぶか!?
が、その瞬間に武蔵は驚愕するのだった。
何だ? 本部でも現れたか?

「鍛え込んだ」
「いい手首だ」


刃がめり込んだ瞬間に武蔵の手首を押さえた!
鬼の反射神経は侍の速さを凌駕した瞬間であった。
首に刃がめり込んだが肉で止まったようだ。
めり込んだ瞬間に止めたのか、あるいは勇次郎の筋肉は切れはすれど両断するには時間のかかる代物なのか。
その両方を満たしていたからこそ間に合ったのだろう。

この鬼の神業に今度は武蔵が冷や汗を流す。
零距離となれば武器の差は埋まる。
そして、五体全てが武器の勇次郎だ。
忘れられてるけど噛み付きだって使えるぞ。
そんな勇次郎がどんな反撃をするのか!

ゴチャ

金的ったァアアァァアアアアアアアアア!!
バキ世界の王道中の王道! 金的!!
シンプルにしてディープな必殺技が金的だ。
グラップラー刃牙時代から延々と脈々と使われてきたジャブ同然の基本技にして時としてマッハ突きさえ上回ってしまう必殺技である。 まさにバキシリーズを代表する技であり、そんな現代の洗礼がついに武蔵の陰嚢に襲いかかった!

範馬一族の金的率は高い。
勇次郎も刃牙もけっこうな頻度で潰している。
親子喧嘩においても炸裂したほどだ。
そういう意味では金的は巨凶範馬一族を象徴する技と言えよう。 故に金的を一度もやったことがないジャックは血が薄いと揶揄されても仕方ないかもしれぬ……

その金的を受けた武蔵はどうなるか。
呆然としてそこから一気に冷や汗が吹き出た。
ピクルの時に触れた痛みが一瞬遅れてやってくる現象ですな。
これには首筋にめり込んだ脇差しも離れ、人差し指で握る本気の握りをしていた太刀も止まってしまう。
それでも斬ろうとしたのか、太刀を力なく振り下ろすが勇次郎の頬の皮を僅かに斬るに留まる。
力を入れないと斬れないかと思ったらこれだけでも斬れてしまう勇次郎であった。
まぁ、あくまでも皮が斬れたのだから、筋肉が斬れるかどうかとなると別か。

[失神してさえ尚手放さなかった刀剣が――――]
[我が身から離れてさえ気付かぬほどの苦痛]
[戦場にすらなかった………]


武蔵、金的の痛みに悶絶する。
当然、手は股間を押さえる。
勇次郎だってピクルだって押さえたからそりゃあ武蔵も押さえますよ。
親子共々、貴重な古代人のDNAを根絶させようという冷酷無比な文化破壊の一撃を好むのであった。
金的は全ての生物にとって急所。
あのピクルでさえ悶絶したのだから、武蔵もまた金的の痛みに苦しむ。
その痛みは戦場にもなかった激痛であった。
殺すためではなく心を折るための攻撃、想像を絶する痛みは戦国時代にはなかったようだ。
まさに現代ならではの一撃!
……その代表が金的なのは大変アレなのだが。
烈も金的をすれば良かったので?
師匠はムエタイの金玉を砕いたやん?

「決着!!!」

この一撃にみっちゃんは決着を予感した。
……わかっていたがあまり反省してらんな、この人。
ピクルの時とまったく同じ反応をしやがって。
金的は一流にとっても必殺級のダメージだがそれで倒れるようでは二流だ。
金的の一撃に耐えてこそ一流が一流たる証明となる。
一流のグラップラーの皆が金的を食らっているしな!

股間を押さえ悶絶して胃液を吐き出して冷や汗も鼻水もだらだら。
それでも武蔵は立ち上がった。
だが、その手には刀が握られていない。
素手でも烈以上の強さを誇る武蔵だが、勇次郎を相手に素手では分が悪いのではないか?

(そろそろだ)
肥後熊本の地にて完成直前だった あの奥技…ッッ)
(この者に試さずして誰に!!!)


「強き人………」
「名を何という」


まさかの無手による奥義だ!
ついに剣が不要となるほどの武蔵の素手が見られるのだろうか。
いや、ここから刀を拾う可能性もあるけれど、今後のグラップラー一同の生命のために無手で奥義を使ってもらいたい。
宮本武蔵、金的でついに本気を出す!
本気になるトリガーがピクルといい武蔵といい金的なんだな……
次回へ続く。


武蔵奥義解禁!
バキ世界において奥義の類は出した方が負ける。
代表的な地球拳を初めとして、郭海皇の郭海皇流中国拳法や克巳の当てない打撃などなどと奥義はどれも頼れない。
勇次郎もドレスがほとんど通じなかったどころか、逆転の一歩とされてしまった。

まぁ、そんなメタ視点の奥義へのツッコミは置いておくとしよう。
ここで武蔵の発言が実に興味深い。
まずは熊本の地で完成間近というところだ。
それは裏を返せば完成させられなかったということだ。
当然、完成できなかった事情があるのだろう。

第一に思い当たるのは武蔵の寿命だ。
武蔵は熊本で病を患い没落している。
晩年に熊本で奥義を開眼させようとしたところを、病によって倒れた……
辻褄が合う。
武蔵の精神は没した60歳くらいの時のものなのか、肉体年齢である31歳に合わせられているのかはハッキリしないのだが、ここは前者と見るべきなのだろうか。
第81話の発言を見るに後者の可能性もあるのだが……
まぁ、そこに関してはあまり整合性を求めても仕方ない。
どうとでも取れる以上はどうとでも取るのが正解か。

次に武蔵のかつての言動である。
第22話で刀を持つことを懐かしいと言っている。
これにはみっちゃんも違和感を覚えていたしただの気まぐれの発言ではないことがわかる。
(まぁ、ただの気まぐれでいろいろやっちゃうのが板垣先生でもあるのだが)
これは素手での奥義を完成させるためにしばらく刀を使っていなかったとなると辻褄が合う。

トドメに小生が掲げた宮本武蔵初代地下闘技場チャンピオン説だ。
地下闘技場(当時は地下ではなかっただろうけど)を作った徳川光圀と武蔵の生きている時代は合致している。
武蔵は第20話において「通りで」と地下闘技場を知っているような言動をしているし、地下闘技場初代チャンピオンの可能性はけっこう高いと読んでいる。

その説の難点は地下闘技場が作られた時点で武蔵が既に晩年となっていたことだった。
老いては戦えぬ。バキ世界の人たちはみんな老いても戦っているけど。
だが、老いてなお刀を捨ててまで戦い勝つために素手による奥義を体得しようと熊本で修行していた……
そうなると不自然は生じない。

武蔵は地下闘技場初代チャンピオン(ではないにせよ地下闘技場OBだった)。
地下闘技場で戦っていたので刀を久しく持っていなかった。
地下闘技場で勝つために素手による奥義を磨いていた。
その途中で病に倒れ完成を迎えられなかった。
これらは矛盾しておらず奇妙なくらいに辻褄が合っている。
連載初期から秘められていた伏線がついに実を為す時が来たのかもしれない。

じゃあ、何で刀を持っているんだよとなるだろう。
が、そこに関しては武蔵は自ら進んで刀を使ったことは意外にも1度もない。
武蔵に刀を使わせたのは独歩、烈、勇次郎なのだが、武蔵が刀を使ったのは全て対戦相手の希望である。 武蔵の本気が刀にあるというのはある意味対戦相手の先入観によるものだ。

武蔵にとって刀とは刀はあくまでも使えと言われたから使ったに過ぎないのだ。
だから、第21話で刀とは不便なものかという発言は刀は見たら必ず使わなければいけないものか、刀がなくとも戦えるんだという主張があったのかも。
故に晩年に磨いた完成された技術、武蔵の本気とはむしろ素手にあるかもしれない。
第22話では素手の相手も望んでいたし、むしろ素手こそが望むところかも。

そうなると渋川先生の見た幻影にも説明が付く。
あの時の武蔵は素手どころか幻影だけで戦った。
刀を持っていないし言うほどの危険はなかったように思える。
だが、素手に奥義があるとしたら……?
素手の武蔵の危険性を渋川先生は感じ取ったとなる。

そんなわけで武蔵の奥義が素手というのは様々な面から見ても実に辻褄が合う。
勢い任せ本能任せな板垣先生としては珍しく入念な伏線が張られている。 連載初期に何となく漏らしたであろう徳川光圀のエピソードもちゃんと回収できるのが見事だ。
この筋書きが実を結ぶ時が来たのかもしれない。

まぁ、これで刀を拾ったら小生はピエロ以外の何でもないのですがね!
だが、素手で奥義なら本部がピエロになるのでギャンブルとしての分は悪くない!
……素手が奥義だったら本部はどうするのだろう。
これなら300点の俺になら守護れるといきがるか、人間じゃねえ……とビビるか。
後者の本部頼まぁ!



刃牙道(8): 少年チャンピオン・コミックス